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カフェ『あどりあの』が、この世の最期の砦、などと呼ばれるのは、ここを通って崖へ行く人たちにとっては文字通りの立ち位置であるからだ。
「他の同じような場所にも、同じように『最期の砦』があるのでしょう。場所によっては警察と協力しているところもありますが、私は、そこまで…」
最後の方は声が籠ってしまった。元々、はっきりと言葉の粒を持った喋り方をしない人のようだ。声のイメージがそのまま店主の人柄を表しているようにも思えたが、そうなると、あの青い蔦とややズレが生じるようにも思えた。
軽やかな蔦だ。しかし、決して曖昧な輪郭ではなかった。
店主は口の中で言葉を潰すような、陰気ではないが、どこか、…… 生きている気配の少ないように感じられた。
「祖母の代から三代、ここで店を続けています。
私の母も、ここからたくさんの人を帰したり見送ったりしていました。
私も子どもの頃から、行きつ戻りつする人と、通り過ぎたまま帰ってこない人を眺めていました。
ここは、生きている側にも生きていない側にも属さない曖昧な場所です。
そんな人たちが足を止める場所なのです。
……… そこにずっと居続ける私は、一体何者なのかと、ずいぶん輪郭がぼやけているように思えるのです」
店主の声の合間に、絶え間なく波の音が聞こえる。
あの音をずっと聞いていると、たしかに自分も波間に溶けてしまうのではないかと思ってしまいそうだ。
店主は海を眺めている。ぼんやりと遠くへ視線を投げて。友人もきっとこんな表情で、これから向かう先を眺めていたのだろう。
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