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 知り合いには捨てろと言われた手紙を、私は捨てられずにいた。  単純に、『友人』からの手紙が嬉しかったのだ。  これを誰かが書いているということは、友人はこの手紙を書いている誰かに私との思い出を語ったのだ。友人は私を覚えていた。  克明に。行間から、夏の夕暮れの教室に漂っていた匂いが薫る。きっと友人を騙ったこの人も同じ匂いを感じていたのだろう。  手紙に揺れるのは、細い線の綺麗な文字だった。  友人は、なぜこの手紙の主に、私との思い出を語ったのだろう。  なぜ、この手紙の主は、友人を騙ってまで私に手紙を送るのだろう。  返事を書く気は元から無かった。  私の呼吸が介入した瞬間に、実体を伴わない友人の気配が吹き飛んでしまいそうだったのだ。  私は友人の心音を聞いている気分になっていた。  それが、たとえ誰かの筆先を落とす音だと分かっていても。  封筒には、律儀にもその差し出し元が書かれていた。  この音を終わらせるのであれば、それは、私がそこに出向く時だと思っていた。
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