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もこもこと泡立てたように深い青色へ伸びる雲を眺め、私はのそりと座席から立ち上がった。
閑散とした車内だ。ラジオニュースが言う通り夏休みも終盤だからだろうか。
友人と過ごしたあの頃は、そろそろと寄る秋の息遣いに気付いていたような気がする。
虫の音の哀切の染まり、遠く空の離れ、夜の足の速さを、全身でつぶさに感じていた。
あらゆる感覚が敏感で繊細だった。外界から齎される小さな情報に感情が揺さぶられるように、歓喜にですら痛みを感じるほどに。
その中で友人と交わした言葉の一つ一つが、唇からキラキラと宝石を零すように輝いていた。
友人が隣に居た頃は、ちょうどそんな時期だったのだ。
このまま列車に乗っていればこの箱は目的地に連れて行ってくれる。私はそれを待てばいい。
だが、感情の乏しい空間に留まるには、今私が見ている車窓の外は浮足立つくらいに輝いていた。車内アナウンスが次の駅を読み上げる。
私は荷物を持ってドアの前に立った。
夏も終わると言うのに、開いたドアを抜けるとまだまだ余力のある蒸し暑さが私を圧し潰した。
暑いなあ。
無人のホームにぽつんと置かれた自販機を見つけたので、ラインナップを確認し小銭を投入。目をつけていたチョコミントのボタンを押すと、おまけのランプが点灯してしまった。人生で初めてであったし、本当に当たるものなのだと驚いた。
タイミングの悪いことに私の他には誰もいなくて、私は当たって嬉しい反面、溶けさせずに食べきることはできないだろうと諦めの境地に立たされた。このままにしたら消えてしまうのだろうか。
それもなんだか勿体なくて、私は突然齎された幸運をソーダ味に変えた。
ミントグリーンとブラウンのマーブリングされたスティックを齧ると、喉奥から鼻にかけて爽やかな香りが抜ける。
外気の蒸し暑さと身体の中の涼やかさが、夏のコントラストを描く。こんなギャップは久しぶり過ぎて、ここに誰かがいたら思わず話しかけてしまったかもしれないくらい、実のところ内心ははしゃいでいた。
申し訳程度に日差しを遮ってくれるホームの軒先。塗りつぶしたように濃い影の向こうは、日差しを白く返すコンクリートだ。
線路を挟んだ先には、蝉の合唱を内包する青い山裾が続く。
軒先に吊るされた風鈴の音が聞こえて、はじめて風の存在に気付いた。
……… 豊かなのだ。と、ふと思った。
チョコミントアイスを食べ終わる頃には、袋に入っていたソーダのアイスはすべて溶けてしまっていて、私は袋を呷ってラムネ味の元アイスキャンディを飲み干した。
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