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戦力外通告
「社長、以前からお聞きしたかったことなんですが、宜しいでしょうか?」
「何だね、今日は改まって・・」
「お尋ねしたいのは社名のM&Mの由来といいますか、このエピソードなんか在れば聞かせていただきたいのですが?」
「由来?ね・・そんなカッコ良いものじゃないけれど、水商売のMと儲けるのMってとこかな? つまり水商売は・・儲けなければいかん、そんなとこだよ!」
「へ~ぇそんなに儲けていらっしゃるんですか⁉」
「そりゃそうだよ、商売は儲けないと従業員に給料も払えなくだろ? 勿論お客様に安心安全に食してもらうためには、衛生面や安全面などには惜しみなく投資をしなければならないよな。特にこのコロナ禍の中では当然だろ。だから一円たりとも赤字を出していたのでは継続出来なくなるってことだよ、つまり儲けることは経営者の責務なんだよ。」
この社長有島と云う名で、むかし流行った「大学は出たものの」のことわざをまるで絵に描いたような社員であり、不動産会社に勤めていたものの、目立たず騒がずの一員だった。
ところがある時期、営業部に臨時移動となった有島は、いつも売れ残ってしまうCランクの店舗物件3店舗を半ば強引な流れで担当を任されたのである。
「課長、私なんかがどうしてこのような難しい物件を任されることになったのでしょうか?」
「私なんかが?・・それってどういう意味なんだ?」
「だって私って碌(ろく)すっぽ勉強も出来ないのに野球が少し上手いからって大学には推薦で入学したし・・何より殆どの講義には出席もしないのに卒業まで出来たりしたんで、自分でもこの大学大丈夫かなって不思議に思ったぐらいなんですよ⁉」
「でも、我が社に入社したからには出来る出来ないじゃなく、やらなきゃならんのだよ!私は野球のことはよく分からんが有島君だってチャンスに打順が回って来た時はタイムリー・・いやホームランかなんか打って活躍したんだろう?」
「課長、そのお言葉ってキツイっすよね!そんな時タイムリーを打ってれば、もしかしてまだ野球を続けていたかも知れませんよね⁉」
「そうだったか・・そりゃ悪いことを言った、悪かった・・いやいやそうじゃなくって、この売れ残りの物件を売りさばかないと、資産税の支払いだけでも会社にとっては大変な負担なんだよ、どんな手段を使ってでもいいから売るんだ!それが我々の責務であり、君にとってはそれが使命なんだ!分かるよな有島君!」
戦力外通告により退団して間もなく、会社勤めを始めた有島は、販売課長が責務を背負い、部下の私はその使命を果たす。そのような共通した目的の中にも責任に違いが有ることを、正にこの課長から教えられたようである。
「だから社長は今、『儲けることは経営者の責務』って仰りたいんですね?」
「そうだ・・監督はチームが勝つことを優先させる。だが選手は自分が活躍することしか考えない。どうしてだか分るよな、そうでないと次回に使って貰えないからなんだ。
責務と使命の間にはこのように大きな隔たりが有るんだよ。私も経営者になって初めてそれがよく分かるようになったんだ。」
「それで有島社長はプロ野球ではそれなりに活躍されたんですか?」
「活躍?・・そんな奴って一俵の米俵から一粒を見つけるより難しいことだよ!さらに付け加えるなら、一花咲かせた有名選手だって、せいぜい40歳までだ、むしろ後の人生の方が大変なんだよ。」
「だったらプロ野球の世界になんか行かなきゃいいのにね。社長はどう思います?」
「それこそ汗を流した選手にしか答えられない質問だよね?そんな風な現実を追いかけていたのじゃ、そもそもが高校球児なんて存在しないだろ・・いや、その問題は戦力外通告を受けた私なんかに語る資格はないかもな・・遠慮しとくよ。」
幾つかの店舗を経営するこの有島社長の実態だが、実はプロ野球のドラフト会議で、ある球団に指名され当時ではマスコミも取り上げた程の有名選手だった。だが多くの選手がそうであるように運が悪かったのか入団3年目で、戦力外通告を受けたのである。
皮肉にもそのクビを言い渡した球団側の配慮で第二の社会人として、有島には不動産会社を紹介してくれたということだ。
だが、いきなり不良物件のディスクを背負うことになった有島は実に分かりやすい行動を取った。誰も買ってくれないのなら、自分で買えばそれで自分の使命は達成すると判断し、同時に課長の責務とやらも解決させてしまったと言うことだ。
「だけど社長はこの業界で一花咲かせましたよね。だって開業僅かでいきなり三店舗のお店を経営されている、それも全てのお店ではいつも満員御礼っていうから・・大成功ですよね。」
このように質問を凝り返すのは或る雑誌社の記者、間宮俊である。この記者、まるで今日が休日で、家族中で遊園地にでも行った帰りに立ち寄ったようなカジュアルな出で立ちである。
「そりゃ売れ残りの店舗を自分で買ったんだから、何か利用できないものかと、それこそ自分の中では使命ではなく責務に変化していたんだな。」
「ご自分でね・・凄いですよね⁉ 元々実家が金持ちだったりして?・・」
「よく言われるが。そりゃ違うよ、プロ野球の契約金だよ、ここが他の人とは違ったところかな?」
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