他人のお陰

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他人のお陰

「成る程・・でもラーメンの修行なんかも勿論経験されたんでしょ?・・」 「半年かな・・お陰で修行させてもらったその店から数名のスタッフを提供してもらったり、球団関係者の応援も有り、案外スムースに軌道に乗せることができたよね。いやぁこればかりは周りの他人のお陰だよね。」 「社長、ちょっとよろしいですか?」 ここで従業員の久保が間宮には小さく会釈し、有島社長に声を掛けて来た。 「あっ久保君か・・いいよ、なにか?」 「出前のプランですが、一通りまとまりましたので目を通して置いてください。」 「あぁこれか・・有難う久保君、午後の開店まで見て置くよ。」  久保は有島に書類を預けることで、まるで一仕事したように満足した表情で、間宮にも再び会釈をしたかと思うと速やかに立ち去った。  このお店も新型コロナウイルスの影響を受け、時短営業の要請に基づき午後8時までの営業としている。だがその時間以降も働きたいと従業員からの申し出があった。 『お客さんが来ないのに何が出来るんだ?』って有島の質問に対して久保は『ラーメンの出前販売をしたい』って言ってきた。  有島は久保に言った『お前はいったい幾つなんだ?そんな昔のサービスをどこで学んだのだ』とね。 彼からは迷わず答えが返って来た。『夜のトレーニングをやった後は小腹が空くので夜食でラーメンの出前を頼んでいました。社長らの時代は無かったのですか?』って逆に質問されたことが有る。 「あの久保さんって、何年か前ドラフトで選ばれた選手ですよね?」 「そうだよ、あれは何年前だったかな?・・そう、当時の監督が私に相談しに来たことがあったんだ。 ある選手が戦力外になったんでどうだろう?ってね。だったら店長目指して一緒に頑張らないかって私から久保君に声を掛けたって訳だ。」  やっぱりねぇホント、プロ野球選手がそのまま何年も活躍できるって、米俵の中の一粒でしかない。殆どの選手が花開かないまま退団を余儀なくされる訳か。 それならばと大学卒業後、官僚に就職できたからと云って、それで花開いたの?なんて数年後の当人に問いかけても『まだ分からない』と返されるのが関の山だろう。 つまり、どの社会でもやれる奴だけが更なる重荷を背負うことになるからだ。 そう、ノーアウト満塁をリリーフして無失点で回避できてしまうと、次回も満塁になると、監督は再びそのピッチャーを指名する。あの時がマグレだったのを最も知り得るその監督が再び同じピッチャーを選ぶというから、アホとしか言いようがない。『柳の下に同じドジョウは居ない』って知っていても・・ 「社長、お陰でよく分かりましたよ。それぞれの人生では花開いている人も居れば、まだ(つぼみ)のままで何時か花咲かせようとひたすら努力を続けている人も居るんですよね。 そうかと思えばきっぱりとこれまでの努力に悔いることなく、別の土壌で新たな苗を植えてる人も居るってことも。」 「間宮君、少しの話でよくそこまで理解できたよね。君ってまだ若いんだろ?」 「若いんですかね?・・今年で36歳になりました。息子は今年からピカ一年生ですよ。」 「若いって有難いことだよね、これから何度だって花を咲かせることが出来るし、それも一人で幾種類もの花を咲かせる可能性がある!」 「そう云えば、社長だって、これからも留まることなく益々店舗を増やされるご予定なんでしょ。」 「そりゃ無理だ!増やすどころかいずれは3店舗ともタタムつもりなんだ、これはここだけの話なんだが、記事にするしないは間宮君の自由だがね・・」
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