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「って……あれ?」
ぷすんと、少量の煙が掌に現れただけで、何も起こらない。こんな低レベルの魔法を使えるだけの体力はあるはず、むしろ体力全快だ、高レベルだって可能なはずなのに何故。
私はヘラヘラと笑うナーシに向かい目を細め、眉間にシワをよせる。
「もう一度、ボールドファイア!」
ぷすん
「え? も、もう一回! ボールドファイア!」
ぷすん
「え、なんで? ボ、ボールドファイア!」
ぷすん
「ボ、ォ、ル、ド、ファ、イ、アア!!」
小さな日の塊が飛び出すボールドファイアは炎魔法の中でも最弱の魔法、子供でも少し習えば放てるほどなのに、何故なのかそれすらも使えなくなっている。
「おい、どうしたフランデル」
「う、うるさいわね、待ってなさい」
「へー」
相変わらずナーシはニヤニヤとしている、魔法が使えなくて焦る私を嘲笑うようだ。最弱のスライムに笑われる、それがまた私を焦らせ、腹立たしい。
こうなれば打撃攻撃だ、頭の一つでも叩いてやればそのヘラヘラも泣き顔に変わるだろう、窓の側に置いてある花瓶を手に取ると、中の花を放り捨て、逆さにして水を抜く。
「やぁ!」
長細い花瓶はナーシの頭を叩いた。腹立たしさも相成って、手加減をすることを忘れていたのに気が付いたのはナーシの形が潰れてからだった。
「あっ、ごめん!」
我に帰りナーシを抱き上げる。
「うわぁぁああん!!」
「ナ、ナーシ?」
大粒の涙を流しながらのナーシの鳴き声が城内に響いた。
「ちょ、ちょっと、何泣いてるの」
「何……事ですか……お嬢様」
ドアを叩く音と共に声が聞こえる、四天王の一人、ドマス・カータだ。
私は昔から彼が嫌いだ。薄暗いシルバーの甲冑に覆われ顔が見えないうえに不気味な声。まるで古い油絵の中の甲冑がそのまま出てきて喋っているかのようだった。
「あ、いえ、何でもありません」
『入ってくるな』私は心の中でそう叫ぶ。ドマスとはできれば顔を会わせたくないからだ、あの気味の悪い甲冑を見るだけで気持ちが悪くなる。
「うわあぁぁあ! ぶぶぶー!」
私は必死に泣き声を掻き消そうと、大きく開いたナーシの口を手で塞ぐ。
「お嬢様……本当に何も……無いの……ですか?」
「え、えぇ」
暴れるナーシを抱えこむ、背後にあるドアが開かないかを確認しながら、動きを封じていると手に激痛が走った。
「痛っ!」
軟体モンスターなのに何故歯が硬いかはわからない。それが本当に歯なのかも定かではないが、後ろで錆びた蝶番がギィィと、鈍く高い音を出すのが聞こえた。
「ぐえ」
「お怪我は……ありませんか?」
「ドマス!」
噛まれた一瞬、目を閉じただけの間、ドマスがサーベルをナーシに突きつけている。重そうな甲冑を身に付けているのにこの身のこなし、中身はどんな者なのだろうか。
「こんな……軟体……モンスター、早急に……始末して……差し上げましょう、お嬢様」
「待って、ナーシはそんなんじゃありません」
「そ、そうだぞ! 俺はこいつに稽古をつけてやっているんだ」
「……稽古、だと?」
この状況でよくそんな事が言えたものだ。相手は四天王、ドマスの長いサーベルでひと突きもされれば即死に決まっている。
「始末できるものならやってみろ!」
「ちょっ」
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