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「おーべる?なんじゃそりゃ。」
石原が、顔をしかめた。
「オーベルジュです。俺も今回初めて知ったんですけど、レストランが経営する宿泊施設をそう呼ぶそうです。自社製品を使用して作った料理を提供するレストランと宿泊施設が併設されているみたいですよ。」
そう説明しながら、和田が資料を皆に配った。
「メンバーはこの4人で、来週の火曜日に出発して水曜日の10時にチェックアウトです。今日からは、この仕事でスケジュール開けていると思いますので、準備をお願いします。吉田さんもご家族に協力して頂いて、参加します。」
オーベルジュは場所だけ見れば、日帰りで行けないこともなかったが、工場見学や先方との会議、試食を兼ねた食事など、一泊二日のスケジュールはびっしりだった。
打ち合わせが終わると、資料を見つめたままの未来に涼子は声を掛けた。
「未来、少しつき合って。」
有無を言わせない涼子を追って、会議室を出た未来は、涼子が真っ直ぐ社長室に向かうのを見て焦った。
そしてドアをノックする音がやけに響いて聞こえると思った途端、涼子は勢いよくドアを開けた。
「お疲れ様。討ち入りでもしに来たか?」
青島は、しかめっ面で涼子を出迎えた。
「かわいい後輩を泣かすようなことしたら、それが現実になるわよ。」
未来から涼子の表情は見えなかったが、その声は真剣だった。
未来は驚いて、涼子の腕を掴んだ。
「涼子さん?」
すると涼子は憐れむように未来を見た。
「未来。何もこんな四十男じゃなくても、いくらでもいい男はいるのよ。確かに社長としての手腕は認めるし、仲間なら最高だけど。」
「少なくとも私が見てきた女性関係は、お飾り女のお飾りになって満足してるようなものだった。麻里子や春香も心配してるよ、きっと。」
そう言うと、涼子は社長室の外に目をやった。
未来が振り向くと、こちらの声は聞こえていないはずの麻里子や春香が、心配そうに見ている。
青島は涼子が話すのを静かに聞いてから、口を開いた。
「未来のこと、大事に思ってくれてることに礼を言うよ。ありがとう。」
いつもの青島なら、涼子に負けじと言い返していることだろう。
予想外の青島の態度に、涼子も驚いたようだ。
「何だ、豆鉄砲でも食らったか。俺にとってもかわいい部下で大事な仲間だったんだ。本気じゃなきゃ手なんか出してない。」
涼子は右手を広げて、何かを制するように前後に動かしてから未来を見た。
「ごめんね、未来。あなたに嫌なこと聞かせてしまった。それから青島社長、とりあえず本気なのは伝わった。カッとなって悪かったわ。」
「用件は済んだ。大事な彼女、借りるわよ。」
未来の肩に手を置いた涼子に、青島は言った。
「酒は飲ませるなよ。」
涼子は、はっ?と声を上げた。
「何あれ。未来、大丈夫なの?」
呆れた様子の涼子と、それを睨みつける青島がおかしくて、未来は思わず笑ってしまった。
「私が社長の前で酔っぱらっちゃって。それからああなんです。」
それでも訝しげな表情の涼子は、青島に言った。
「これでも主婦よ。夕方には解放してあげるから、迎えに来てあげて。」
そうして社長室から出た涼子は、麻里子と春香の顔を交互に見てから言った。
「とりあえず安心した。」
頷いて顔を見合わせる3人を見て、未来は不覚にも泣きそうになっていた。
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