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打ち合わせの時間に合わせて、麻里子と一緒にオフィスに顔を出した未来は、麻里子がランチに誘ってくれた本当の理由を、ようやく理解した。
かつての同僚たちは、どよめきと好奇の入り混じる祝福の笑顔で、出迎えたのだ。
「仕事中です。打ち上げの席ではありません。」
冗談めかしているとはいえ、麻里子に言われては、それ以上騒ぎ立てようとする者はいない。
しかし、自ら火に油を注ぐ者はいた。
「神田さんの言う通りだ。」
社長室から出てきた青島が、庇うように未来のそばに立つと、その場は再度どよめきに包まれた。
「気にするな。」
と微笑むその表情は、幾度となく未来に向けられたものだったが、社員たちにとっては見たことのない青島の顔で、一瞬にしてオフィスは静まり返った。
和田は会議室の入り口に立って、その一部始終を見守っていた。
青島だけが涼しい顔をしていて、未来はあきらかに困っているし、麻里子は全力で呆れている。
思わず失笑した和田を、青島が睨みつけた。
「いやいやいや。今ここで一番空気を読めていないのは、社長ですから。」
和田は手をひらひらさせながら、同意を求めるように麻里子に視線を送った。
激しく頷く麻里子に、さすがの青島も周りを見渡した。
「騒ぎは収まったじゃないか。」
全く意に介さない様子の青島に、和田はある意味感心しながら、今の状況を解説し始めた。
「せっかく麻里子さんが気を遣ってくれてるのに、社長が煽ってどうするんですか。みんな見たことない社長の微笑みに、衝撃を受けてるだけですよ。」
「そうなのか?」
と未来を見ると、顔を真っ赤にしている。
「私は大丈夫ですから、仕事に戻って下さい。」
自分の行動が、裏目に出たということに気が付いた青島は、すまないと皆に言うと、首を傾げながら社長室に戻って行った。
「どうかしたんですか?」
皆が青島の背中を見送る中、突然後ろから声を掛けられて、未来は驚いて振り返った。
そこには、お腹の大きくなった春香と見覚えのない女性が立っていた。
「未来さん!ああ、だから…。」
事情を知っている春香は、未来の顔を見た途端、落ち着かないオフィスの理由を察した。
「春香さん、こんにちは。だいぶお腹が大きくなってる!」
幸せそうな笑顔を浮かべた春香の顔に、未来の緊張が和らぐ。
「未来さんも、あまり驚かさないでよね。聞いた時は産まれちゃうかもと思うぐらい、びっくりしたんだから。」
困った顔で笑う未来に、春香は隣で手持ち無沙汰に立っている女性を紹介した。
「私が産休の間、働いてもらう派遣社員の松本さん。」
麻里子の話を思い出して、未来は軽く頭を下げた。
確かに今ここに立つ姿からは、真面目そうな印象は受けない。
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