同窓会

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同窓会

東北地方の県立高校の教師矢吹五郎は今年30歳になる。 教師になった年に学生時代からつきあっていた女性と結婚しすでに二人の子供がいる。 ある日高校教師として初めて受け持ったクラスの同窓会の招待状が届いた。 この高校は3年間担任を受け持つので、15歳だった生徒達も既に25歳となっている。 ーもうそんなになるのか。変わっただろうなー 初めてこの高校にやって来たときのことが目に浮かんだ。 教壇に立った時、興味津々で自分を見つめる生徒たちの眼差しがまぶしく半分うわの空で自己紹介した。 しかしひと月が過ぎるころには生徒たちの様子が飲みこめてきて、少しずつだが教師としての仕事に自信を持てるようになってきた。 本棚から昔のアルバムを取り出した。 アルバムを開くと、勉強が得意な生徒、スポーツが好きな生徒、引っ込み思案な生徒、いたずら好きな生徒、ときおり問題を起こす生徒。懐かしい顔と当時の事が次々と浮かんだ。 その中でひときわ輝いている顔が目についた。 「花園さゆり」 将来は東京に出てタレントにでもなるのではないかと思うほど際立って整っていた容貌だった。 一年生の頃はやせ細っていたが、卒業するころには慎重160㎝、スリーサイズは85-62-85という成熟した大人の体になっていた。  その姿はいつも五郎の視界の中にいた。 廊下ですれ違う時にお辞儀をしたときセーラー服の開いた胸元からのぞく柔らかな膨らみに目が吸い寄せられ、授業中に後ろからまわっていくと襟元から見えるうなじの白さにドキッとさせられた。 質問をするときに自分をじっと見つめて話すので、心の奥底のいやらしい欲望を見られているようで恥ずかしかった。 年甲斐もなく自分の事を好きなのではと思うこともあった。 その声も透き通るようにのびやかで、五郎が担当する現代文ではよく音読をさせた。 しかし、思春期の生徒の扱いは難しく進路や家庭の問題でたびたび相談に乗った。そして希望する東京の女子大に進むことが出来た。 卒業式のあと、お世話になったとお礼の挨拶にやってきて涙を浮かべながら抱きついてきた。 今でもその当時の事を思い出すと体がほてってくる。 その夜、大人になったさゆりが夢に出てきた。 どこかのホテルの一室だ。 「お会いしたかった。ずっと待っていました」 そう言って抱きついてきたので、自分もさゆりを抱きしめた。 柔らかな感触だが少し太り気味だ。やはり高校時代とは違うと思いながらそっと下着に手をかけた。 「久しぶりね」 その野太い声に驚いて目が覚め、振り返ると妻の下着に手をかけていた。 「おやすみ」 慌てて手をひっこめ、体を反転した。 同窓会当日、五郎は特別な時にしか着ないスーツに身を包みポケットチーフを胸に挿した。 「生徒の同窓会でしょ。そんなにオシャレをしなくても」 目じりを下げ、ウキウキしている五郎を妻は訝しそうに見つめた。 「いや、今日は来賓として招待されているので、それなりの格好をしないと みっともないからね」 そういいながらも涎が垂れそうになるのを手で拭った。 目の前にいる結婚7年目になる古女房に比べ、今が盛りと花が開き咲き誇るさゆりの姿を思い浮かべると胸の動悸が止まらない。 卒業式のあと、抱きついてきたさゆりの柔らかな体の感触と甘酸っぱい女子高生の体臭が鼻の奥によみがえってきた。 五郎が会場のホテルに着くとすぐに会場に案内された。 扉を開くと一斉に拍手が沸き起こった。 見回すと見覚えのある顔が並んでいる。 誰もが10年前よりはるかにあか抜け、一人前の大人になっていた。 幹事の合図で乾杯をした後、勝手の教え子たちと話し始めた。 クラス一の秀才で東京の有名大学に進んだ八馬秀介は銀行員になっていた。 学生時代から真面目で堅物だったが、銀行員になってそれに磨きがかかったのか顔の表情も引き締まっている。 しかし口元に笑みを浮かべていても目の奥は笑っておらず、どこか抜け目のない雰囲気を漂わせている。 「銀行員は大変だろう、TVドラマになっているけど」 五郎は半沢直樹を思い浮かべていた。 「あの番組は少し大げさなんです。それでもお客様に期待されているのでやりがいがあります」 相変わらず優等生的な返事だが、どこか気を付けないと騙されそうな匂いを感じる。とてもではないが十年前のような素直さは見られない。 いつもクラスの中心になって運動会や修学旅行などのイベントがあると張り切っていた仙波亮は大手広告代理店の名刺を差し出した。 「電王広告か。すごいところに入ったな」 「いやあ、大したことないです。世の中すべて要領ですから」 相変わらず調子いい。 「でも大変だろう。残業が多いって言われているようだし、今度はころコロナでオリンピックの開催が問題になっているから」 「ええ、世間はそういっていますが、ウチは政治との結びつきが強いので何とかなるんですよ」 「そうか。すごい世界なんだな」 五郎はため息をついた。 そのときいきなり真っ赤なドレスに身を包んだ女性が目の前に現れた。 「センセイ、おひさーっ」 どこかのキャバレーのホステスのような声が聞こえ、五郎は一瞬固まった。 濃い化粧で誰だかよくわからない。 顔をじっと見て誰だったか思い出そうとしていたとき、耳たぶに真っ赤な虎をデザインしたイアリングが目に入った。 「あ、紅虎」 「うれしいっ。覚えていてくれたのね」 高校時代のあだ名が「紅虎」と言われた稲子かおりだ。 一年生の頃は勉強もスポーツも出来る真面目な生徒だったが、親が離婚してから父親が連れてきたどこかの女性と同居するという不安定な家庭環境に変わり、徐々に素行が悪くなった。 二年生になったころには、一時限目は教室に出ていてもいつのまにか授業を抜け出して体育館の裏でタバコを吸い、街中のゲームセンターに入りびたりになった。 やがて学校にも来なくなり、背中に虎の絵を描いた真っ赤な特攻服を着た「レッドタイガー」と言われるオンナ暴走族のヘッドになった。 そんな紅虎を五郎は夜遅くまで街の中を探し歩き、時には警察まで行っては連れ戻すということを繰り返しながらもなんとか卒業させた。 その後は東京に出て就職した・・・という話を聞いていた。 「相変わらず赤が好きだな。虎のピアスは似合っているよ」 五郎がお世辞をいったとき、紅虎はドレスの左肩をずらして肌をみせた。 そこには虎の手の入れ墨がはいっていた。 五郎は一瞬顔を歪めた。 「驚いた」 紅虎は悪戯っぽく笑みを浮かべた。 「もっとみせてあげようか」 そういう紅虎は後ろを向き、背中のジッパーに手をかけた。 「ま、まて。ここは同窓会場だ」 周囲の元生徒達は固唾をのんで二人のやり取りを見ていた。 「冗談よ」 紅虎の一言で周囲の空気が緩んだ。 「そ、そうだよな」 五郎の顔は引きつっていた。 周囲の元生徒達は一斉に声をあげて笑った。 そして五郎はまた元生徒達を顔を合わせ、近況を楽しく聞いていた。 それがひと段落したとき、入り口に目をやった。 ・・・さゆりが来ていない・・・ 「誰をさがしているのかしら」 五郎が入り口に視線を飛ばしたとき、不意に紅虎が声をかけてきた。 「遅れて来る人がいたら声をかけようかと思って・・・」 「誰のことかしら」 紅虎が不敵な笑みを浮かべ五郎の目を覗き込んだ。 「誰っていうわけではないけれど、まだ来ていない生徒もいるから・・・」 五郎はとぼけるように言った。 「さゆりは来ないわよ」 「そ、そうかい」 五郎は本心を見抜かれたので焦って声が上ずった。 「先生の大好きなさゆりちゃんを待っているのでしょ」 「何を言っているんだ。別にそんなんじゃない。色々と相談にのったりしていたから・・・」 五郎の声が震えている。 「私、先生がさゆりと卒業式のあと体育館の裏で抱き合っているのを見ちゃったから」 紅虎の目が意地悪く光った。 「そんなことはしていないよ」 「そうかしら。今ならセクハラよね」 「冗談はよせ。ただ、いろいろ相談に乗っていただけだ」 五郎の顔が真っ赤になり額に脂汗が浮かんだ。 「そうなの。抱き合っていた時、先生の手はさゆりの腰に回っていたわよ」 「いや、君の見間違いだ」 五郎は踵を返して紅虎の前を立ち去ろうとした。 「さゆりに会いたくないの」 紅虎が五郎の耳元で囁いた。 五郎の体はその場に固まった。 ・・・五郎の心の中で、紅虎の前から逃げたいという気持ちとさゆりの事を知りたい思いが交錯している・・・ 「先生にはお世話になったから、さゆりに合わせてあげる」 そういって一枚の名刺を渡した。 それにはピンクの大きなバラがデザインされ、「一条 華」という名前と、その下に小さく「club Bonne soiree」と店の名前、港区西麻布の住所と電話番号が書かれてあった。 「なんだこれは」 名刺を手にしたまま五郎は紅虎の顔を覗き込んだ。 「一条華というのは、さゆりの源氏名。さゆりも大学までは順調にいっていたんだけど、すぐ目の前の男に夢中になるから結局中退して、ここで私と一緒に働くようになったの」 「そ、そうか」 「今日はさゆりのお客さんの同伴日なので来られなかったけど、先生に会いたがっていたわ」 「そ、そうか」 五郎はまた同じ言葉を繰り返した。 頭の中には学生時代のさゆりの姿が浮かび、紅虎といっしょにクラブで働いているイメージが湧いてこない。 「絶対に来てね。さゆりも待っているから」 そういうと紅虎は五郎の前から去って行った。 その夜、五郎は魂が抜けたような顔をして帰宅した。 「どうしたの。楽しかったんじゃないの」 妻の言葉は耳の中を通り過ぎて行った。
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