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嘘をついた僕が悪かった。僕が嘘つきな人間でなければ、今頃僕は家で悠々と漫画でも読んで過ごしていたはずなのだ。伸ばした手の向こうには光るダイヤモンドの指輪ではなく、今日発売の漫画の新刊があったはずだった。 「しかもプレミアのグッズ付きだったのに...」 僕の独り言に敏感に反応した同業者のマルコスが、キッと僕を睨んだ。 「往生際が悪いですよ、ヒロト君。嘘をついた君が悪いんですよ。さァ、早くそのダイヤモンドを盗みなさい。すぐに撤収しますよ」 僕は渋々目の前のダイヤモンドの指輪ををがしりと掴み、黒タイツの内側のポケットに突っ込んだ。 「キミ、大事に扱って下さいよそのリング。もし壊したとかいう大失態があればボスになんと言われるか...」 ohと頭を抱えたマルコスを僕は無視(スルー)して、先に出窓の縁にヒラリと飛び乗った。 「置いてくよ。マルコス」 星と月が華麗に光る空へ、精密な機械で出来た翼を広げ飛び込む僕の背中に、マルコスの高い声が反射する。 「キミ、なんと自分勝手な人ですか。上司である僕を置いていくなんて。ああでも初めての割には良い仕事をしましたね」 「そんな大きな声出したらこの家の人にバレちゃうよ」 「別に大丈夫ですよ。この家の主、大富豪モンテスキューさんは酔っ払うと朝まで目覚める事はありませんし。ただ娘のメグには注意した方が良いですね。彼女は勘が鋭いです。母親が日本人なので日本語も分かります。僕達が良く盗みに入る家なので覚えておいて下さいね」 「その必要はないよ。僕の目的はこれで終わっちゃった。このダイヤモンドの指輪は僕が頂くから。組織にも入らない。もう会わないよ。じゃあね」 翼のエンジンをフルにかけ、夜空を切るように飛ぶ。 「ええ?そんなこと聞いてないですよ!この裏切り者!ダイヤモンドを返しなさい!早く!」 マルコスのヒステリックな声が夜空に響く。僕は何故だか楽しくなり、ニヤニヤと笑いながらトップスピードで飛び続ける。後ろからマルコスの追いかけてくる音が聞こえてきたが、森を抜け、海を渡り、ついには上手にマルコスを撒けてしまった。 ポケットにはキラキラ光るダイヤモンド。僕は満足して、家路を辿った。
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