犬鬼灯

3/3
前へ
/3ページ
次へ
   やっぱり何処かへ出掛けよう。こう暑くては堪らない。先生はそう言って、シャツのボタンをひとつ開け、胸元に風を送る様に揺らしている。  何処へ行っても暑いものは暑いですよ。お水でもお飲みになりますか?そう言って立ち上がろうとした時、ふと手首を掴まれた。甘美な熱に胸が高鳴る。  ひとつ怖い話でもしようじゃないか。先生は私の身体を引き寄せて、自分の膝上に座らせる。  こんなにくっついていたら暑くて汗をかいてしまいます。そう言って身体を捩ると、先生は、まぁ、いいじゃないか。どうせ二人とも既に汗だくだ、と言って、両腕ですっかり私の身体を拘束してしまう。  こうなったら最後、もう逃れられない。  私は嘘をつく。  離して下さい。  先生も嘘をつく。  何もしやしないよ。怖い話をするだけさ。  私は嘘をつく。  本当に何もしないで下さいね。  先生も嘘をつく。  あぁ。ちゃんと原稿を書くよ。  私たちは散々嘘をついた後、当たり前のように唇を触れ合わせ、口内でゆっくりと舌を絡める。  あぁ、熱い。熱くて仕方がない。  一枚、また一枚と服を脱ぎ、露わになった肌を重ね合わせる。  怖い話をしてくださいな。涼しくなるような。そう言って先生の首元に腕を回すと、今話したところで無駄だろう、と笑われた。  確かにそうだと思って、ただただ、浅はかな快楽に溺れることにした。  庭に咲いた犬鬼灯が、私を嘲笑う様に、白く小さな花弁を揺らしている。ゆるり、ゆるり、と。  こんな昼間から、あぁ、なんともはしたない。  そんな声が頭に響く。それは私の声のようでもあり、他の誰かの声のようでもあった。  はしたなくて結構。大輪の花になど、なりたくないわ。  私はまた嘘をつき——白い小花を欺いた。 終  
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加