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そろそろ私たちも、と下山する。
坂を下る。
S子が言っていた、足が靴の中で動かないという意味が分かった。
足首からくるぶし、足の甲にかけて。
足の中心を靴がしっかり固定しているのだ。
それでいて、固定された部分が痛いわけではない。
これは登山靴を使うべきだ。
「すごいS子! 全然違うんだけど!」
あまりの違いに、諸手を挙げて喜んだ。
ふくらはぎやひざ、ももにも負担が少ない。前回の踏ん張り方とは大違いだ。
やはり装備は大事なのだ、うん。
確かに値段は張るが、ケチって怪我をしたり痛い思いをしては本末転倒だろう。
山の中腹地点に来た。ここを過ぎると、あとはふもとまで何もない。
ひたすら山道を下るだけだ。
「トイレ大丈夫?」
「私は大丈夫」
「私も大丈夫。みんな汗になって流れたよ」
あのトイレに近いことで有名なこの私が、登山の時はとんと行きたくならないのだ。
その代わり、汗のかき方が尋常でない。
水分の排出のうち、95%は汗に持って行かれているだろう。
そう思っていたのだが。
「あれ?」
突然、尿意が襲ってきた。
何故だ。トイレに回す水分はないはずではなかったのか。
「あっ……コーヒーだ」
原因がわかったところで、トイレがなければどうしようもない。
道のりの半分を過ぎたとはいえ、目的地までは地味に距離がある。
いくら登山靴とはいえ、踏ん張る力も少しは必要だ。
できるだけひざ下のみを動かし、ちょこちょこと歩を進める。ももから上は、なるべく尿意に耐えることに集中してもらう。
そうなると、ひざへの負担が怖い。下手に動かさない方がいい。ひざ回りが痛くなったら、いよいよ歩けなくなる。一発アウトだ。
そんなことを頭の中でぐるぐる考えながら、ひたすら歩く。嘆いていても仕方ない。活路は前にしかないのだ。
鼓舞が功を奏したのか、無事に駅のトイレでひと息つくことができた熊野であった。
初回の登山は筋肉痛に耐え、今回は靴でカバーできたと思ったら、尿意に耐え。
登山というものは、常に何かしらに耐える娯楽なのだろうか。
さて、次回の山歩きは何に耐えるのやら。
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