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 翌朝、目を覚まして二つ隣の玄の部屋の前に立っていると、正門のある南の方からこちらに来た玄があくびをして言った。  「早いな」  「おっ、おはようございます」 「おはよう。飯喰って着替えたら行くで」 玄は笑った。私は嬉しくなって、南端の角を曲がった先にある食卓へ早足で向かった。  「自分の着物も買うとかなあかんからな」 という理由で、玄と二人で山の下の小さな町に行った。  「あら玄さん、いらっしゃい」  町の大通り沿いにある仕立屋の女の人が玄を見て言った。  「この子の着物、作ってくれへん?」  「はいよ」  女の人は私を見て声を出さずに驚いてた。私は玄の手を強く握って目をそらした。すると女の人は奥から桃色の頭巾を持ってきて言った。  「これあげる。着物選んだらこれ被っててね? 採寸した後でも、これ被って玄さんと休んでな、ね」 「うん」  女の人が私に差し出した頭巾を、玄がそっと取った。  「ちょっと、玄さん」  「これは儂が持っとくさかい、着物選びぃ」  玄がそう言うと、奥の部屋から白髪の男が来た。  「ほらお嬢ちゃん、じいちゃんと一緒に着物選ぼうか。二つくらいならいいってさ」  男は、笑って私を見て言った。私はふと玄を見上げると、玄は笑って頷いた。  「うん」  「おいで、こっちだよ」  私は玄の手を離して、男の手をそっと握ってついていった。  「うわぁ……すごい」  奥の部屋には鮮やかでたくさんの色の着物が並べてあった。  「ねぇ、おじいちゃんが選んで。私、どれがいいかわからないから」  「そうかい? お嬢ちゃんはどれでも似合っちゃいそうだから迷っちゃうなぁ……じゃあ、いくつか出すから、そこからお嬢ちゃんが決めてね」  「わかった」  男、おじいちゃんは暫く考えた末、緑色と赤色と黄色、水色と桃色の着物を出してきた。どれにも小さな柄があり、どれもきれいだった。私はその中でも特に気に入った黄色と赤色の着物を選んだ。  「うんわかった。可愛い着物を仕立ててあげるから、あっちの部屋で採寸だ」  「うん」  縦長の大きな鏡と道具がいくつか置いてある部屋で採寸した。採寸が終わると店先の玄と女の元に行った。  「あれ、おじいちゃんは?」  「いい着物作るから、玄と一緒にお散歩して待っててって」  「そうかい。それじゃあ、これ被って」  女の人は、玄が持っていた頭巾を私にそっと被せた。丁度目が隠れて何も見えなくなった。私はそっと端をめくって玄を見た。  「町中は我慢しとりぃ。手は離したらあかんで」  「うん」  玄は笑って私の手を握ると、そっと頭巾の端を戻した。    「今は、目を隠さなくてええよ」  玄の声で頭巾の端を捲ると、どこかの部屋の中の壁際の椅子に座っていた。するとお茶と団子が机の上に乗っていた。  「いただきます」  玄は団子を一本取ると、一つ頬張った。  「いっ、いただきます」  私も団子を一つ食べた。甘くてもちもちしてて、美味しかった。  「美味いな」  私を見た玄が笑って言った。私は頷いてもう一つ食べた。  「玄さん、ちょっと……」  「どないしたん? 女将」  玄に声をかけた女の人が近くに来たのがわかると、私は俯いて目を隠した。  「いいから、こっち来てよ」  「すぐ終わるん? 下らんことやったら聞かへんよ」   「わかってるよ、ほら」  玄は、すぐ戻る。と言って部屋を出た。私はふと部屋を見回すと、他の客と目があってすぐに壁側に向き直った。  「なぁ、見たかよあの子の目……」  「紅い瞳を見たら不幸になるんだろ?」 と、何人かがひそひそ話してるのが聞こえて、私はそっと頭巾の端を戻した。  少しして玄が帰ってきた。勘定を済ませ、仕立屋へ行った。そこで出来上がった着物を受け取り、町を出た。  「ほい着いた。ほなそれとろうか」  玄はそう言って私の頭巾を外した。すると、目の前には綺麗な花畑が広がっていた。  「うわぁ……」  「もうすぐ日暮れやから今日は長居できひんけど、次の散歩はここからやな」  「うん」  私はそこでいくらか花を摘んで、玄に今日のお礼としてそれを渡した。  屋敷に帰って、寝るために部屋に向かう途中で、そっと玄の部屋を覗いた。殺風景な部屋の壁際に置いてある黒い机の上の細身の壺に、今日渡した花が生けてあった。
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