3人が本棚に入れています
本棚に追加
翌朝、目を覚まして二つ隣の玄の部屋の前に立っていると、正門のある南の方からこちらに来た玄があくびをして言った。
「早いな」
「おっ、おはようございます」
「おはよう。飯喰って着替えたら行くで」
玄は笑った。私は嬉しくなって、南端の角を曲がった先にある食卓へ早足で向かった。
「自分の着物も買うとかなあかんからな」
という理由で、玄と二人で山の下の小さな町に行った。
「あら玄さん、いらっしゃい」
町の大通り沿いにある仕立屋の女の人が玄を見て言った。
「この子の着物、作ってくれへん?」
「はいよ」
女の人は私を見て声を出さずに驚いてた。私は玄の手を強く握って目をそらした。すると女の人は奥から桃色の頭巾を持ってきて言った。
「これあげる。着物選んだらこれ被っててね? 採寸した後でも、これ被って玄さんと休んでな、ね」
「うん」
女の人が私に差し出した頭巾を、玄がそっと取った。
「ちょっと、玄さん」
「これは儂が持っとくさかい、着物選びぃ」
玄がそう言うと、奥の部屋から白髪の男が来た。
「ほらお嬢ちゃん、じいちゃんと一緒に着物選ぼうか。二つくらいならいいってさ」
男は、笑って私を見て言った。私はふと玄を見上げると、玄は笑って頷いた。
「うん」
「おいで、こっちだよ」
私は玄の手を離して、男の手をそっと握ってついていった。
「うわぁ……すごい」
奥の部屋には鮮やかでたくさんの色の着物が並べてあった。
「ねぇ、おじいちゃんが選んで。私、どれがいいかわからないから」
「そうかい? お嬢ちゃんはどれでも似合っちゃいそうだから迷っちゃうなぁ……じゃあ、いくつか出すから、そこからお嬢ちゃんが決めてね」
「わかった」
男、おじいちゃんは暫く考えた末、緑色と赤色と黄色、水色と桃色の着物を出してきた。どれにも小さな柄があり、どれもきれいだった。私はその中でも特に気に入った黄色と赤色の着物を選んだ。
「うんわかった。可愛い着物を仕立ててあげるから、あっちの部屋で採寸だ」
「うん」
縦長の大きな鏡と道具がいくつか置いてある部屋で採寸した。採寸が終わると店先の玄と女の元に行った。
「あれ、おじいちゃんは?」
「いい着物作るから、玄と一緒にお散歩して待っててって」
「そうかい。それじゃあ、これ被って」
女の人は、玄が持っていた頭巾を私にそっと被せた。丁度目が隠れて何も見えなくなった。私はそっと端をめくって玄を見た。
「町中は我慢しとりぃ。手は離したらあかんで」
「うん」
玄は笑って私の手を握ると、そっと頭巾の端を戻した。
「今は、目を隠さなくてええよ」
玄の声で頭巾の端を捲ると、どこかの部屋の中の壁際の椅子に座っていた。するとお茶と団子が机の上に乗っていた。
「いただきます」
玄は団子を一本取ると、一つ頬張った。
「いっ、いただきます」
私も団子を一つ食べた。甘くてもちもちしてて、美味しかった。
「美味いな」
私を見た玄が笑って言った。私は頷いてもう一つ食べた。
「玄さん、ちょっと……」
「どないしたん? 女将」
玄に声をかけた女の人が近くに来たのがわかると、私は俯いて目を隠した。
「いいから、こっち来てよ」
「すぐ終わるん? 下らんことやったら聞かへんよ」
「わかってるよ、ほら」
玄は、すぐ戻る。と言って部屋を出た。私はふと部屋を見回すと、他の客と目があってすぐに壁側に向き直った。
「なぁ、見たかよあの子の目……」
「紅い瞳を見たら不幸になるんだろ?」
と、何人かがひそひそ話してるのが聞こえて、私はそっと頭巾の端を戻した。
少しして玄が帰ってきた。勘定を済ませ、仕立屋へ行った。そこで出来上がった着物を受け取り、町を出た。
「ほい着いた。ほなそれとろうか」
玄はそう言って私の頭巾を外した。すると、目の前には綺麗な花畑が広がっていた。
「うわぁ……」
「もうすぐ日暮れやから今日は長居できひんけど、次の散歩はここからやな」
「うん」
私はそこでいくらか花を摘んで、玄に今日のお礼としてそれを渡した。
屋敷に帰って、寝るために部屋に向かう途中で、そっと玄の部屋を覗いた。殺風景な部屋の壁際に置いてある黒い机の上の細身の壺に、今日渡した花が生けてあった。
最初のコメントを投稿しよう!