つまり世の中確率である

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 20分ほど揺れた後、人気のない停車場に僕と静真だけおり、まだ19時前だというのにシャッターが降りまくっている通りを歩く。都会と違い、遠くで犬が鳴く以外に響いた音はなく、砂利を踏む音が白熱電灯と自販機の灯りでほのかに明るい道のりに着いてくる。  道中他愛ない話をするが、お互いにそこまで話し上手でなく、喋ることが得意ではないのですぐに沈黙が訪れる。気心知れている静真だからこそ伸びだしたポストの影を見歩きしても気まずくならないが、他の人だったら非常に居心地悪く辺りをキョロキョロしてしまっていただろう。僕と静真は2人きりだと沈黙が多くなりがちだが、ここに響がいるとガラリと雰囲気が変わる。響は明らかに僕とは別種の人間で、少々皮肉しいだが心優しく、話の振り方もインタビュアー並みのうまさ尚且つ話し上手なので響と話しているとあっという間に3時間経っていたりする。静真は3人でもそう喋る奴じゃなく、響と僕の会話に相槌のように笑い声を入れる。ゲラというより、僕と響のやりとりが漫才みたいでツボらしい。大学に入学してすぐに意気投合したが、4年間は本当に忖度抜きに人生で一番濃く、愉快だった。だからこそ誰も口にはしなかったが、終点に辿り着くことが、卒業後はどうなるのかという贅沢な悩みを皆それぞれ抱えただろう。響は手先が器用で、耳がいいのか絶対音感なのか、一度聞いた曲を難なくギターで弾いてみせる特技を持っていた。ギタリストになればいいと公園で僕の好きな曲を弾く響に提案したことがあったが、にべない態度で「無理だ」と俯いてしまった。普段の暴虐武人なまでの自信は鳴りを潜めただの色の白い繊細な好青年に瞬間的に変貌を遂げた。それまでの、ギター片手に聞き心地の良い弾き語りをしていた時は、全人を圧倒してやろうという野心に満ち満ちた目でカリスマ性をこれでもかと見せつけていたというのに。結局響はギタリストにはならなかった。就職もしなかった。死んだわけではない、しかし僕にとっては死んだのと同等かもしれない。響は卒業と同時に外国へ旅立った。仲が良いと思っていた僕ら2人にも何も言わず、響がどこか遠くへ行ったということを、単位授業でしか知り合わない同級から聞いたときは足元にブラックホールが出現したぐらいに、ショックだった。  見上げるとすっかり月が上り切っており、電灯と共に真っ暗闇を照らしている。月の光は神秘的で、見るたびに僕はかぐや姫と結婚したがった子供時代をふいに思い出す。それから東京は眩しすぎるからか見えなかった夜空の星が点々と存在しているので、僕は響から教わった星の見つけ方を思い出す。  「見ろよ、ひしゃくのような形で7つの星が並んでるだろ?有名な北斗七星だ、まずはこいつを見つける。それからそれぞれの位置を比較しながら探すと必ず大三角形でもなんでも見つけれる」    「あれが、春の大三角形…」  僕が夜空を眺めながら呟くと、静真は同じように夜空を見上げ小刻みに首を振った。  「響ならすぐ指させただろうな」  
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