つまり世の中確率である

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 「どうするもこうするもない。今こうして生きれる喜びに感謝いたします」  チョコ菓子は細長く棒状だったので軽く振り胸の位置で十字に切る。キリシタンでもプロテスタントでもないが、日本人らしくどんな神にも縋れるなら縋ろう。僕のふざけを重い石みたいな表情でじっと眺めていた静真は同調するかのように2本のチョコ菓子で十字を作る。  「アーメン」  真顔でやるのでフフと吹き出してしまった。気を使った静真に合わせて僕も固く立てていた足を滑らしあぐらをかく。そんな、冗談を自分から言う奴じゃないのに、面白いかどうかもわからないままにやっている。  「その一芸を見れただけで450万ぶっこんだ甲斐があったよ」  「…改めて聞いてもビビる程の大金だな。現金で、持って行ったのか?」  おずおずと十字にした内の一つを口に含みつつ静真が訪ねてくる。遺産として手に入ったお金をその日に現金で突っ込んだんだと思っているみたいだ。確かに、大学の奨学金の半分以上は返還することができるか、3年は細々と暮らせるか、チョコ菓子が約33,000個買えるぐらいの大金だ。ちなみに百万円の札束の厚さが1cmくらい。片手でも持てる重さだろうけど僕の両脚は震えが止まらないだろう。  「いや現金は手に入れたばかりの給料袋だけが手元にあった。で、ATMが敷地内にあるから、袋がペラペラになった後ちょっとずつちょっとずつ引き出していった。ちょっとずつちょっとずつ、3000円、4000円、1万円。気付いたころには遅かった」  気が付いたら握りしめすぎた100円のハズレ単券だけ、僕の手元に残り、残りの450万円と10万円は塵芥となってしまった。高額のお金をなまんじ手に入れたので1日の限度額が500万くらいになる生体認証登録をしたのが運のつき。急な入用があるかもしれないと、妄想するんではなく多額のお金をするると引き出せたら人はどうするのかを妄想するべきだった。  でかい博打ができる者は案外少ない。しかし少量だった負けがかさんで、総額で恐ろしくなることは多い。ギャンブルは当たりさえすれば何度負けようといくらでも取り返せる。大前提で当たれば、なのはわかっているのに、負けを取り返そうとムキになった自我を理性が抑えつけるのは難しい。配当率が高ければ1,200が100万になったりするのだ、脳みそが賭けること以外考えてくれなかった。最初の頃に少額だがバンバンと当てていったのも良くなかった。それで調子づかせてしまったのだ。大体、じいさんの遺産に手を付けるのが良くないというか人として終わっていると思うが。  「僕は人として終わっちまった。じいちゃんの遺産を食い散らかした時点でギャンブルを愛する寺山家でいる資格もない。大金を泡に変えたから、僕も泡として消えるだけさ」  差し出されたコップに口を付け唇を湿らす。昼から何も食べていない空きっ腹に菓子と水を入れたために急激な空腹を感じだす。腹が鳴らないといいな。  「そんなことを言うなよ、俺は久しぶりに会えて正直嬉しかった。お前は、大分窮地に陥ってるみたいだが」  腹の空き加減を気にしているうちに静真は僕の何気ない一言を深く受け止めたらしい。窮地であることはあるのだが、ま大金を失っただけで借りるほどのことはしていない。そのため僕はあまり危機感を抱いていなかった。しかし当人より身を案じてくれる静真のおかげでやはり自分は良くない状況にいるんだと実感できた。惜しかったんだけどな、3頭目と7頭目以外全部的中していたのに。  「僕も会えて嬉しかったよ、静真の方は何も変化なし?」  未開封の菓子が無数に存在するんで今度は断りつつコンソメポテチを開ける。パーティー開けをしたいが、床にしか置き場がなくかやしたくないので無難に力に任せ開ける。ボリボリ遠慮なく食うが、静真は少し考え込んで押し黙ってしまった。眉が尺取虫みたいに動くので非常に悩ましい顔をしている。手元にタバコが無くてイライラしている時に、よくこうした顔をする。食べかすのことを気にしているんだろうか。一応ティッシュでもひこうかと上体で机の下に転がっているティッシュを手に取る。  「なし、と言えなくもない」  言えなくもない?曖昧に言葉を濁し胡坐をかいた膝に手を置いている。介錯を任そうとしている侍みたいだ。刀の代わりにチョコ菓子を取り出し目の前でプラプラしている。静真は油断するとすぐに自分の世界に潜り込んでしまう。  深入りするべきか迷ったが、自分の悲惨な境遇を共有したんだから静真の境遇を共有してもいいだろう。  「じゃあ何も変化なし?ちっとも変わってない?」  しつこく聞いたわけではないが、静真も話したかったのかすんなりと話し始めた。僕は静真の話を酒にツマミにポテチを摘まむ。食あたりを起こさないといいけど。    
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