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 わたしは止めていた足を再び動かし、さらに階段を登った。  最上階にあるのは「立ち入り禁止」の札がぶら下がった扉。  髪に止めてあった細いピンを抜き取り、いつも通り鍵穴に差し込めばまたしてもいつもとは違う感覚があった。 「開いてる……」  普段なら閉ざされているその扉がなんの抵抗もなく開いたのだ。  先生でもいるんじゃないかと、おそるおそる扉を開ければそこにいたのは先生ではなかった。  わたしと同じブレザーを着て、わたしのスカートと同じ柄のズボンを履いた一人の生徒が空を見上げていた。  ふわりと風に揺れる髪は日に当たってきらきらと輝いている。  すると、不意に彼がこちらを振り返った。 「あっ、え」  雲ひとつない青空を背負った彼の輪郭は曖昧で思わず目が釘付けになった。  そんなわたしから出たのは恥ずかしいくらい情けない声だった。 「あ、代表の子」  けれど目の前の人物は気にした様子もなく、わたしの顔をじっと見てから短くそう言った。  こちらを向いた彼の胸元には卒業生の証である花飾りがつけられていた。 「きみもここの鍵開けれたんだ」 「あ、……はい」 「先生が来るといけないから早く扉閉めて」 「え、あ!ごめんなさい!」  わたしは慌てて校舎と屋上の境界を越え、扉を閉めた。 「きみはなんでここにきたの?」  落下防止の柵にもたれるようにして先輩はわたしを見た。  少し茶色がかった男にしては長めの髪が先輩の表情を隠す。 「……静かなところに、行きたくて」  聞いてきたくせに先輩は大して興味がないようで「ふーん」と視線を外した。  その視線の先にはまだ帰る様子のない卒業生たちの姿があった。 「先輩は……」 「ん?」 「友達と、その……、写真とか撮らなくていいんですか?」 「あー、うん。ほんとみんなそういうの好きだよね」  いや、わたしは別に好きじゃないです。  とは言わなかった。  きっと先輩が言う『みんな』に、わたしは含まれていない。 「あ……っ!」  お互いを探るような空気を断ち切るように、大きな声がわたしの口から飛び出した。  先輩の目が驚いたように見開かれて、再び視線が交わる。 「その絵、なんで先輩が持ってるんですか!」  先輩の手には一枚の絵。  間違いなくつい先日まで階段の踊り場に飾られてあった絵だった。  しかし、先輩は男にしてはぱっちりとした丸い目をこれでもかってほど細めた。 「おまえに関係ないだろ」  先輩の手元を指したわたしの指先が、地を這うような低い声にビクリと震えた。  「おまえ」と言った声には明らかに(とげ)が含まれていた。  さっきまではよそ行きの優しそうな声だったのに、ずっとずっと低い声がわたしの心臓を震わせる。 「たしかに関係ないですけど、……わたし、その絵好きなんです」  先輩の目が先ほどより驚きの色を含み、わたしの目をじっと見つめていた。  それはとても長い時間のように感じられた。  けれど、きっと時間的にはそんなに長くはないんだろう。  先輩の目が驚きの色から哀しげな陰りを見せ、それを隠すように目を伏せた一連の動作が、やけにゆっくりと流れて見えた。
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