好きの先の今の私

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 今の弟と同い年だった二年前。高校を卒業した私は専門学校に進学した。  舞台の裏方、照明音響を勉強する学校。それが私の進学先。  その学校を選んだ理由は簡単。初めて舞台を見た時の感動を未だに忘れられないから。  大勢の人の後頭部が見える大きな劇場。開演時間になって照明がゆっくりと落ちていく。  暗闇と静寂。  そして、一気に照明がついて舞台を照らす。照明を追いかけるようにして聞こえてくる音、大きな音、音、音。弱まる照明、不揃いの音が集まりだして音楽になり始める。  暗い照明が徐々に明るくなると、舞台に役者さんが見える。一言、役者さんのセリフをきっかけに照明音響ががらりと変わる。  ここは現実なのだろうか。私は電車に乗ってこの劇場に来た。この劇場は地図上に存在してる場所。そんな事はわかってるのに、目の前の世界に一瞬で心を奪われる。  視界も聴覚も、感性も思考も。  この劇場にいる何百人の全てを一気に引き込む。  その舞台が終わった時に私は進路を決めた。私も、こんな素敵な感動を与える側の人になりたい。カーテンコールで思わず立ち上がってしまうような、終演後に感動で呆然としてしまうような、帰りの電車で必死にネットで譲渡を探してしまうような。与えられる側ではなく、与える側に。そうなりたいと強く思って、進学した。  はずだったのに。  卒業はした。卒業に値する単位を取得していたから卒業という事になった。  そこにはなんの感動も無かった。  二年間でたくさんの事を学んだ。たくさんのインターンに行って、本物の人たちに混ざって働いた。何度も足を運んだ大きな劇場の裏側を見た。知ってる俳優さんたちと挨拶した。何度も実習を繰り返して、生徒だけで舞台も作り上げた。何度も、何度も舞台を作った。  照明の実習は大きなホールで実際にオペレートをした。音響は実際に活躍されてる歌手の方を呼んで、イヤーモニターに返す音の調整をしたり。ワイヤレスのマイクケアもした。  何度も、本番同様の実習を経験した。  それなのに私は就職しなかった。就職先が無かったわけじゃない、選ばなければいくらでもあった。オペレーターじゃなくたって、舞台じゃなくたって、ホール管理やライブの音響、ウェディングの技術職もあった。  私は選びもしなかった。  周りのクラスメイトがエントリーシートを書いている教室、居心地が悪かった。逃げ出した。  私は好きを仕事にするためにこの学校に来たのに、好きを仕事にするのが嫌になっていた。  ただの好きのままでいれば、消費者でいれば、この学校に来なければ。ただ好きという感情を抱くだけで終わっていたのに、それで生きていこうと思ったから。  理解してた、好きを仕事にする辛さは。周りの人にしんどいよって何度も言われた。しんどくても好きなら頑張れる。そう思い込んでいたけど、現実は甘くなかった。  嫌な面を何度も見た。見たくなかったのに見なくてはいけない。それを仕事するなら、お金をもらうなら、ご飯を食べるなら。  そう思った瞬間に心が拒絶していた。  嫌、嫌だ、そんなの嫌だ。好きなものを嫌いにしたくない。  進学する前に言われたことが、今更になって響いてくる。  好きを仕事にしたい、好きを支えたい、好きで生きていきたい。  現実はそう上手くはいかない。  夢を叶えるために進学した私は、今ではただのフリーター。親に出してもらった二年間の学費は三百万。その三百万を私はドブに捨てた。通うだけ通って、親に金を出させて、成れの果てが今の私。  嫌になる。ただただ、自分という存在に嫌悪する。
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