好きの先の今の私

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好きの先の今の私

 仲の良かった友達とお揃いで買ったキーホルダー、好きだった男の子から貰った魚のポーチ、卒業式で胸に付けた花のコサージュ、大好きな漫画のキャラクターをイメージして作られた鞄、何年も前から財布の中に溜め込んでた映画の半券。  引越し準備の時に全部捨てた。思い出が詰まってるから、そんな理由で取って置いた物をたくさん捨てた。可燃のゴミ袋も不燃のゴミ袋も一袋じゃ足りなくて、それぞれ三袋も使ってしまった。  私の部屋に詰まっていた物はその程度の物ばかりだったんだ。そう思う反面、捨てられない物も案外多かった。  奮発して買った高性能のヘッドホン、いくらで買ったか忘れるぐらい安かったインターフェース、一曲作るのに使ったノート二冊、マザーグースの事が詳しく書いてある資料七冊。  かさばる物では無い。新居に持っていっても大して場所は取らないはず。自分にそう言い聞かせて、捨てられない物たちを新居に持って来た。 「姉ちゃんの荷物少なくない?」 「ほぼ捨てたからね」 「せっかく広い部屋借りたんだから、わざわざ捨てること無かったのに」  都内の2LDK、バストイレ別の独立洗面台あり。洗濯機置場は家の中にあって、二口ガスコンロ。五階建ての五階、最上階角部屋が私たちの部屋でオートロック。駅から徒歩十分。  完璧すぎるこの物件が私と弟が二人で住む新居。家賃は想像してたよりも十万円高かった。 「私はただの居候だから、あんまり広く使えないし」 「その事なら気にしなくていいのに。一部屋は姉ちゃんのなんだから好きに使ってよ」  そう、私は居候。家賃は二個下の弟が全額払ってくれる。  昼はコンビニ、夜は居酒屋。四月は人の出入りが多くて、出したシフトめいっぱい入れてもらえた。おかげで一日休みは無い。  けど、私は居候。お金も払わずにこんなに完璧な物件に住んでる。弟は優しいから気にしなくていいって言うけど、気にしない方が無理な話。  朝は弟より早く起きて朝ごはんを作りつつ天気予報の確認、弟とご飯を食べて見送った後に皿を洗って洗濯物を干してコンビニで十時から三時まで働く。  家に帰ってきて洗濯物を取り込んで畳み、夜ご飯を少し多めに作って弟の分はチンしてすぐ食べれるように耐熱皿に盛って冷蔵庫に入れておく。お米を研いでジャーに入れて、弟が帰ってくる時間に炊きあがるようにセット。私はこの時間に昼ご飯件夜ご飯という事にして食べる。調理器具と自分が使った皿を洗って、二日に一回はこの時間に風呂掃除をする。  二時間の間にやる事を急いで終わらせて、居酒屋で五時から十一時まで働く。家に帰ってきて、弟が使った皿を洗って弟より後にお風呂に入って寝る。 「やりすぎ」 「姉ちゃん休みないんだから家でぐらい休んで」 「少しは俺を頼ってよ」  全部、全部、弟が言った言葉。  言い方は強かった。真剣な顔で私の事を心の底から心配してくれて言ってる。それが伝わってきて、伝わりすぎて、胸が痛い。  だって、私は居候。二個下の弟に家賃を払わせてて、就活から逃げ出した卑怯者。
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