神木の花ひらくとき

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 神社ファンというわけでもない私がこの神社を知っていた理由は至極単純だ。曾祖母がこの町の出身であり、今でもが住んでいる。なお、お気づきとは思うが、冒頭の満開を目撃した人物とは曾祖母である。  曾祖母は桜の季節になると縁側に座り、幼い私に故郷のカスミザクラの話を聞かせた。神社の境内を淡い淡い紅色で覆いつくしたカスミザクラ。熱い暑い日差しがようやく陰り始めたヒグラシの声が染みわたる季節に、文字通り夢のような景色だったと。  甘いものも食べられなくなり、学校もなくなり、工場へとただただ通う日々。友人とゆっくり遊ぶことも儘ならず、道端の花を愛でる余裕すらもなく、軍服の村の上役の目を気にしながら過ごす日々。そしてある日届いた父の戦死の報。 「信じられなくてな。そんで、泣きたくなってな。けんど、工場へ行ったら泣いてる暇なんかない。だから、工場を休んで花崎さんに登ったんよ。花崎さんなら、普段誰もおらんでな。そんで、花崎さんの大桜を見たんよ」
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