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僕みたいな大人にならないで/後編
*
何度か乗り換えを繰り返して、「世界の果て」に辿りついたのは夕方、日がゆっくりと西の山に沈もうとしていた。
「『世界の果て』って、日本の本州にあるんですね」
「僕の地元です。僕的にはもう終わった町、『世界の果て』です」
駅員がいない駅で改札をするりと抜けると、波がさざめく音が聞こえてきた。潮の香りなんて、何時ぶりだろう。慣れない生臭さに嫌そうな顔をしていたのか、男が「僕も好きじゃないです、この臭い」と手で口元を覆った。
「地元の自治会がなんとか観光地として盛り上げようとした、というか今もしているかもしれませんけど、全然上手くいってませんね。前に来た時より廃れている」
海沿いを歩いている間に、観光イベントのポスターを何枚か見かけたが、これもきっと地元の人しか集まらないのだろう。「海辺で綺麗に整備されていて、さらに温泉もあるところなんて日本には山のようにありますからね。この町は僕が生まれた時から死んでいました」と男が皮肉交じりに言葉を吐く。
「見えますか、白い、海のすぐ傍にある、あれが僕らの目的です」
「あなた曰く死んだ町で、一体誰がラブホテルなんて使うんですか」
「さぁ誰なんでしょう、外装がそれっぽくないから、もしかしたらこんなところに来る物好きな観光客が勘違いして入っちゃうかもしれない。部屋に入ってようやくラブホテルだって気がつくんですよ、面白くないですか?」
傍に来ても、全く人気のない建物が本当に営業しているのか不安にさせる。
「高校生のとき同級生がホテルの近くでよく隠れて群がってました。何も見えないし、聞こえないのに、出入りする知らないカップルを眺めて興奮でもしていたんですかね」
「あなたはそこに混じってなかったんですか」
「僕はずっと『少子化問題解決のために頑張ってくれ』と思ってるだけでした」
「高校生の時から相当ひねくれてるじゃないですか……」
薄暗い建物に入ると男か女かもよくわからない老人がいて、男が「今日営業していますか」と訊くとゆっくり頷いた。料金表に書いてある額を老人の手に乗せると、代わりに適当に手に取った鍵を渡してきた。「客なんて、いつぶりじゃろ」と、やはり男か女か判別できないくしゃくしゃの声で呟いた。
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