私を大人に連れて行って/前編

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私を大人に連れて行って/前編

   「あの――未成年ですよね?」  思わず口の中に含んだアイスティーを、目の前にいる男の顔に吹き出しそうになった。慌てて飲みこむと、冷たさが一気に喉を通過して咽かえる。  「……何で分かったんですか?」  「いや、かまかけたんですけど、まさか本当だったとは」  「最悪だ……」  今正面に座っている男とはマッチングアプリで出会った。趣味が同じとか、顔がタイプとかではなくて、男を選んだ一番の理由は近場ですぐ予定が合う人。チャットではろくな会話もせず、一昨日ネットで知り合った二人は集合場所の安いカフェチェーン店にいる。この男席着いてから何も話さないなと思っていたら唐突に未成年であることを見抜きいてきた。  「――私、女子高生です。高校二年生。十七歳。私と援助交際してくれませんか」  「えぇ……嫌ですよ」  「女子高生からのアプローチなんて、滅多にない貴重な機会じゃないですか」  「未成年に手出したら犯罪ですよ、そんなことで捕まるの嫌ですよ僕。大体、今日平日の月曜日なのにどうしてここに女子高生いるんですか」  「高校の創立記念日で」  「嘘ですよね」  「……あなただって、働いてないじゃないですか」  「僕は、今日は午後から出勤です」  「嘘ですか」  「何で分かったんですか、僕は今腹痛でおうちに籠ってます」  「かまかけました」  少女の言葉にあからさまな不快感を示す男は、黒髪細身今どきの塩顔、ぱっと見草食系男子、私が選んだ男はこれではなかったはずだと少女は不審に思った。プロフィール写真に映る金髪と鼻ピアスはどこだろう。  「てか、プロフィール全然違うじゃないですか。もっと、ほら、『酒とタバコとギャンブルと女が好き』みたいな人だと思ったんですけど」  「それは流石に偏見がすぎますよ、あとプロフィール写真はネットから拾った知らない男です」  ネットリテラシーが異常な男(そういえば私のプロフィールもフリー画像だった)は、どこからか煙草の箱とライターを取り出して、気がつくと口からゆらゆらと煙が漏れ出ている。そうだ席が空いてなくて、喫煙席にしたんだった。  「二十八歳、若手エリートサラリーマンの僕だって、酒も煙草も女も大好きですよ、ギャンブルはしませんけど」  「『偏見』って、そっちですか」  「大体あなただって全然違うじゃないですか。もっとお色気お姉さんに会えるって期待してたのになぁ」  「私も、すぐに私に食ってかかるようなチャラい男選んだつもりだったんですけど」  「僕、月曜日に会ってくれるセフレ探してるんです」  吹き出しそうになること二回目。いや話の流れ的には男が言いだしてもおかしくはないのだけれど。あまりにもストレートに並べた言葉たちが、陳腐な表現だけど爽やかで清潔感のある男には全く似合わない。出勤前の数時間でセフレ候補を見定める男。  「でも女子高生に手出すほどまで飢えてはいないので大丈夫です」  「――どこまで値下げすればいいんですか、どうにか買ってもらえませんか」  「僕、『自分の身体の押し売り』って初めて聞きましたよ?」  男が、逃がそうとしない少女を振り払うように席を立つ。「あと、ネットに僕の写真上げないでくださいね、職場の人にばれるとまずいし、今どきの女子高生なんでもSNSに投稿する」「あっその手がありました」  刹那シャッター音。「あっ」と男の声が漏れる。  「『この人に援交してほしいと頼まれました』って投稿すればいいんですか?」  そのまま二人分の会計払って立ち去ろうとした男が渋々戻ってくる。  「……写真投稿したら、今の録音をネットの海に投げます」  「え?」  男が見せてきたスマホの画面には、録音中の文字。すでに20分近いから、席につく前から録音開始していたのか。  「初めて会う人に何されるかわからないので、警戒していて正解でした。これであなたが『女子高生の若さ』を使って、大人に半ば恐喝じみたことしたのがばれます。高校でどれくらいの処分になるのか知らないですけど、どんなにこすってもずっと残り続ける社会的な死からは免れません」  「――それでも、あなたが付き合ってくれなかったら流します、写真。言い訳を社会的な死を超えるくらいに捏造して積み上げます」  「それほどまでに、何があなたを突き動かすんでしょうか」  少女が黙る。自分に不利なことがあったら、目を合わせないで相手が諦めるまでやり過ごそうとするのが少女の癖だった。  「まぁ僕が何もしてなくても、大人の僕の方が立場的には不利なのは変わらないですね。女子高生の虚構の方が信憑性の高い社会です。どちらかがネットに晒せば、どちらかが反撃する、二人ともこの先地獄ですね」  男が録音ボタンを停止した。  「二人で堕ちますか、地獄」  「堕ちたいです、地獄」  男の言う「地獄」が「社会的死への無理心中」を示すのか、一体何なのか少女にはわからなかったが、咄嗟に答えていた。意味の分からない言葉に何故か興奮していた。  「東京だと、援助交際なんてどこで知り合いに見られるかわからないのでやめましょう」  「それもそうですね」  「来週のゴールデンウイーク、月曜と火曜空いていますか」  「大丈夫だと思います」  「僕と一緒に行きませんか、世界の果てのラブホテル」
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