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「『月曜日のアキちゃん』と連絡が取れなくなったんです」
東京発の新幹線の中、男が前もって買ってくれた席で少女は朝ご飯のクリームパンを咥えていた。
「月曜日のアキちゃん」
「前に間違えて『カオちゃん』って呼んじゃったんですよね。『日曜日のカオちゃん』。それが原因ですかね」
「日曜日のカオちゃん」
「何か僕変なこと言いました?」
「女をとっかえひっかえにしている人って本当にいるんだなぁと。あと名前間違えたらそれは誰だって怒りますよ」
窓際で頬杖をついて高速で流れる景色を見ていた男が少女に振り向く。
「そうですか? 多分、カオちゃんは間違えてアキちゃんって呼んでも怒りませんよ。あと、僕もカオちゃんに名前間違えられたことありますし」
トンネルに入る。窓の外が急に暗くなって、夜になる。
「アキちゃんもカオちゃんも、元からセフレで始まった関係です。だから良かったんです。その日あった嫌なこと話して、慰め合って情が繋がったとしてもその気持ちはその日限りの使い捨てで。朝彼女たちの部屋を出た瞬間リセットして、またその夜別の子とインスタントな関係を結ぶ」
「――『アキちゃん』は、あなたのことが好きだったんじゃないですか?」
「そうなんですかね。そうだったとしたら有難迷惑ですね。元の約束を破っている」
人に好かれて嫌な人もいるんだと、少女は物珍しげに男を見た。
「本来僕らは寂しさを埋め合わせたかったはずなんです。自分は一人だけなんだから、一人で生きる、それがみんな当たり前で、でもやっぱり独りは心細いから友達や恋人にすがる」
「それが恋人じゃダメだったんですか」
「今でいう恋人って、なんか大変じゃないですか? お互い困ったら支え合わなきゃいけないとか、相手の気持ちをよく考えないといけないとか。制度的に言うと結婚とか、子育てとか。そういう責任感が問われる重いのじゃなくて、もっと軽い、チープな愛が今の僕には丁度いい。これを愛と呼んでいいのかもわからないですけれど――」
「――なんか僕、もうよくわかんなくなっちゃいました、人が好きとか、嫌いとか」
トンネルから抜けると澄み渡った青空とどこまでも続く畑。男がオフィスで必死に働く昼、少女が高校で青春を謳歌する昼、暗く湿った夜と比べるとそれらは明るすぎた。眩しくて、反射的に目を閉じた。
「なんか、ちょっと驚きました。てっきりセフレつくる人って、そういうことしたい人ばかりなのかと」
「勿論好きですよ。手繋いだり、キスしたりするより相手の身体に触れられる面積が広くて、二人で熱を分け合う間は、束の間寂しさとか生きにくさとかどうでもよくなって、でも本当に一瞬だから、あぁ明日も絶対上手く生きられない、辛いからまたどうでもよくなりたいな、短い時間でもいいから忘れたいと思って――煙草と一緒ですね、中毒です、現実逃避の」
「煙草はその気持ちの紛らわしのためです」そう言って男が喫煙ルームへ席を立つ。また新幹線がトンネルに入る。男が一人煙草に耽る夜が来る。一人が怖い少女が嫌いな夜が来る。
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