あわれ

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見上げたその先にある看板には、その太陽のように眩しい笑顔でこちらを見下ろす今人気のタレントが見える。 あんな風に笑ったのは一体いつが最後だろう。 「あ、すみません。」 突っ立ったままの私に、肩がぶつかり、振り返りもせずに立ち去る人の後ろ姿にあっけ取られる。 (ああ、もう無理かも。) そう思った瞬間、足が勝手に階段を駆け下りていた。 一番近くのプラットフォームに進み、タイミングよく来た電車に飛び乗る。 腕時計を見なくてもわかる。 さっき階段の上に立っていた時点で、すでに始業時間まであと数分のところで、これではもう間に合わない。 「どうしよう。」という戸惑いを感じる反面、「やってやった。」という達成感が生まれていた。 上司に連絡をしなくてはいけないという、社会人としてのルールを守る冷静さに押されて携帯を取り出す。 始業まであと1分。 こんな時に連絡して、また急に言われても困ると怒られるんじゃないかと、通話のボタンを押す指が動かなくなる。
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