あわれ

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私の祖母と同い年くらいの、上品な女性がゆっくりと近づいて来ていた。 「あ、可愛いわんちゃんですね。」 「あらあら。ありがとう。すみませんね、こんなにくるくる周りを動いてたら落ち着きませんよね。」 「あ、いえいえ。何かいるんでしょうか。」 「この子はいつもここを通ると、このベンチの周りをこうやってくるくる嗅ぎ回るのよ。」 ニコニコと微笑みながら、一瞬懐かしそうな表情を浮かべる。 そこでずっと立ちっぱなしになっていたことに気づき、少し端による。 「あ、あの良かったら。」 「あら、お邪魔しちゃって。」 彼女が横に座ると、ふわりと優しい甘い香りがした。 犬は変わらず、クンクンとベンチの周りを動いている。 いざ、隣に座るように促したものの特に話すこともなく、気まずさを感じる。 「お嬢さんは、学生さん?」 「あ、いえ、一応働いてます。」 (一応って何だろう。) 自分で言っておいて、恥ずかしくなる。 「そうなのね。じゃあ今日はお休みかしら。」 「いえ…。そうじゃないんですけど。」 何かを悟ったのか、彼女はそれ以上聞くことなく、二人で川面を眺めていた。 「このベンチね、まだ私の夫が元気だった頃に、よく散歩で通って座っていたのよ。」 「え?」 「でも、あの人はもういなくなってしまったけど、この子はどうしても、あの人の面影を見つけたいのか、いつも通るたびにこうやってここに居続けるのよ。」 切ない話のはずなのに、彼女の顔には悲しみが見えなかった。 「そうなんですね…。」 「あらやだ、そんな顔しないでくださいね。確かに悲しかったけれど、私はもうこの子と、二人で先のことを見据えているの。だから今は平気なのよ。」
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