三つ編みにキスを

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「すみれ色の」  君のゆるく結んだ三つ編みは  春の妖精のいたずらにより  ゆるやかにほどけてゆく  草花のかおりが鼻をくすぐり  君は小さくくしゃみした  まっすぐなまなざしを僕にむけるのはやめてくれないか  ほら  すみれをあげるよ  君と同じ瞳の色の 「新緑の芽吹き」  クッキーを焼いたの  君が胸元のお下げをそっと後ろに払うと  桜の花びらがひらひらと舞った  市松模様のクッキーは今日の君の三つ編みのようにすきがない  甘いものは好きじゃない  一つ食べてみたらむせた  見た目とは裏腹に失敗作だ  しょっぱかったのだ  すみれ色の瞳から涙がこぼれる前に僕は全部平らげた  塩入のクッキーは大歓迎だ  変なひとと言って君は笑った  いくらでもみせて欲しい  君のすきを  いくらでもみせよう  僕の好きを   「寝ても覚めても」  サーラ  サーラ  サーラ  日の光りを浴びた君の姿を見ると  いつも不安になるのだ  プラチナの髪に透き通った白い肌  ほんのりと桜色に染まる頬  僕をみつめるすみれ色の瞳  ああ  サーラ  いつも不安になるのだ  消えてしまうのではないかと  君は光りに溶け込みすぎる  君は光りそのもの  君は僕の光り  バラ色のその唇に  ああ  サーラ  消えてしまうのではないかと  寝ても覚めても  触れることができない 「rainy day」  サーラと出会ってから初めて雨が降った  いつもの待ち合わせの公園に  雨をしのぐ場所はない  会うのはやめにしないか  メールを打とうとしたら  ibukiで待ってる  君からのメッセージ  15分前の過去から  僕は急いだ  返信もそこそこに  喫茶【息吹】へ  少しばかり浮かれていたのかもしれない  いやかなり浮かれていたんだろう  会いたいと思っている  君が僕に  僕と同じように  もしかしたら僕以上に  雨脚が早い  傘はあまり意味がない  構いはしない  君が待っている  雨の降らない場所で  暖かな場所で 「オレンジジュース」  君は笑っていたんだ  知らない男の前で  喫茶【息吹】のドアを開けると鈴が鳴る  天国のような軽やかだった音が  ドアが閉まるときには地獄のような重たい音に変わった  君は笑っていた  目の前に座っている男に  少し頬を染めて  笑っていたんだ  サーラが僕に気づいて手を振った  男が振り返り僕を見る  君に何か告げてから席を立って  僕のほうへ  僕は君のほうへ  歩き出す  すれ違いざま  「待たせすぎ」  少し含みを持たせた言い方に息をのむ  微かに柑橘系のにおいがした  男はそのまま店を出た  サーラのグラスにはオレンジジュースが  残り僅かの  氷で薄まった  オレンジジュース  サーラの斜め向かいに座ると  氷がグラスにあたり小さく音を立てた  僕は見ることができない  すみれ色の瞳を  サーラ 君を    「April showers bring May flowers」  熱いシャワーを浴びただけで  のぼせそうだ  何がどうなって今があるのか思い出せない  サーラが風邪をひくから  シャワーを浴びろと  だから今浴びているわけで  だんだん鼓動が  のぼせそうだ  あと少し  もう少し  ああ頭が回らない  頭が回らないのか  もしくは回りすぎているのか  のぼせているのか  のぼせているのか  のぼせているのか  雨はまだ降っているのか  雨はもう止んだのか  サーラはいるのか  本当に  今  いるのか  僕の部屋に  「折り鶴」    桜に翡翠を注ぐ  花びらがゆれる  湯飲み茶碗の底  折り鶴を安全な場所に移動させて  サーラの前に緑茶を置いた  とても器用に折っている  幾つあるのか  翼を閉じたままの折り鶴  幾つ作るのか  カラフルな折り紙が  僕の部屋に広がって  その中心に  サーラがいる  折り紙を渡された  途中までしかできないよ  どこまで  三角を二回折るところまで  一拍おいて二人で笑った  ねぇハヤト  いつの間にか雨は止んで  部屋に光が差していた  キラキラと輝くすみれ色の瞳  君の口元で翼が広がる  ねぇハヤト  今…二人きりよ  桜色のくちばしが  僕の鼻を突っついた  「三つ編みにキスを」    目を閉じてと言ったなら  君は君の  すみれ色を暗闇の中に追いやった  何も見えない?  何も見えないわ  バラ色の唇がはずむ  桜色の頬に触れる前  僕は君の  三つ編みにキスをする  ずっと  ほどきたかったのだ  僕は君との間の  ああ  サーラ  妖精なんていやしない  僕は僕の手で  君と僕との間の  ほら  三つ編みをほどくよ  光があふれる  光の洪水  溺れてしまわないように  指にからめる  プラチナの髪を  バラ色の唇に  そっと触れながら 『三つ編みにキスを』  ー完ー                                                        
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