海辺の町、かすみにて

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主が声をかける前に、店を出ようとした男を引きとめたのは、常連たちの明るい声。 そして同調する様に主からも声がかかる。 「いらっしゃいませ。――こちらへどうぞ」 勧められるままカウンター席に座った男が、「すいません、お邪魔しますね」と、周りの客達へ声をかけ、思い出した様に顔を上げ、主に向かい「生ビールを・・・」そこまで言って、突然言葉が途切れた。 「あや、霞ちゃんのめんけぇ顔っこ見て、かだまっちまった、このあんちゃ。仕方ねぇな、美人さんだがらな、霞ちゃんは」 「んだんだ、みぃんな最初は見惚れっちまうんだ。こんな美人さん見だごとねって。けどなぁ、あんちゃ、霞ちゃんはみんなのアイドルだがら、わげがらって、独り占めせばだめだやぁ」 そこかしこから、方言だらけの冷やかしの声が飛んでくる。 男は半分以上聞き取れなかったけれど、なんとなく理解はできた。 「・・・はぁ。いや、確かに美人さんですね。驚いちゃいました――」 その場の雰囲気に合わせるようにそう言って男は笑ってみたが、目の前の主を見て言葉が途切れたのは、”霞ちゃん”と呼ばれているその人の顔に見覚えがあったから。 ※方言解説※ 「あや、霞ちゃんのめんけぇ顔っこ見て、かだまっちまった、このあんちゃ。仕方ねぇな、美人さんだがらな、霞ちゃんは」 『おや、霞ちゃんの可愛い顔を見て、固まってしまった、このお兄さん。仕方ないな、美人さんだからな、霞ちゃんは』 「んだんだ、みぃんな最初は見惚れっちまうんだ。こんな美人さん見だごとねって。けどなぁ、あんちゃ、霞ちゃんはみんなのアイドルだがら、わげがらって、独り占めせばだめだやぁ」 『そうだそうだ、みんな最初は見惚れてしまうんだ。こんな美人さん見たことないって。けどね、お兄さん、霞ちゃんはみんなのアイドルだから、若いからって、独り占めするのはだめだよ』
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