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「あれ、エリカちゃん? どうしたの?」
緊張と期待で私の声は震えていたことだろう。また一緒に登下校しない? 彼女はそう続けると思っていた。それ以外の答えは頭になかったと言ってもよい。
「あのね、ユウちゃんのクラスの連絡網を教えてほしいんだけど…」
当時はクラスごとに緊急時連絡網というものが作られていた。クラス全員と担任の自宅の電話番号が印刷されたプリントが、各家庭に配布されていたのだ。今は個人情報保護の関係で廃止されているようだが、今考えてみるとよくあれで何も問題が起きなかったなと思う。
意外すぎる返事だった。今度は、なぜ? で頭がいっぱいになった。彼女と私はクラスが違う。だから彼女が私のクラスの連絡網を知らないのは当たり前なのだが、そもそもなぜ他のクラスの連絡網を知る必要があるのか。そういえば、彼女の友人がうちのクラスにいたような気がする。その子に電話したいのだろうか。それならなぜ「うちのクラス全体の連絡網」を教えてくれと頼むのだろうか。
小学四年生の小さな脳みそを必死に回転させた私は、先ほどとは違った震え声を出した。
「あ、エリカちゃん、ごめん。うち、親が連絡網の紙をどこかにしまっていてわからないんだよね」
エリカちゃんを傷つけず、かつ連絡網を教えない言い方はこれしか思いつかなかった。
「え? 連絡網って、ふつう電話の近くに置いてない?」
イライラを隠そうともせず、むしろ積極的に伝えるように少し早口になったエリカちゃんが食い下がってきた。
「いやあ、なんか、親に信用されていなくてさ。別の場所にしまってあるみたいなんだよね」
固定電話機の横に立て掛けてある、私の連絡網やご近所の電話番号表が入ったファイルを見つめながら、私はひょうきんな声を出した。ユウちゃん、ダメだなあ、もっとしっかりしなきゃ。そう言ってエリカちゃんも笑ってくれると信じて。
しばらく沈黙が続いた。わずか十秒ほどの時間だったのだと思うが、通話中の十秒の沈黙は非常に長く感じられた。エリカちゃんを怒らせてしまったと思って、もう一度彼女に謝ろうとしたとき、受話器から返事が聞こえた。
「うそつき」
その一言で電話は切れた。ツー、ツーとしか音を発しなくなった受話器を私はなかなか置くことができなかった。
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