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彼女のために嘘をつく
俺は今まで彼女に嘘をついてきた。もしかしたら、気付かれているかもしれない。なぜなら、彼女は苦しむ俺を見ていたから。本当のことを言ってしまえば、彼女である雫は泣く。普段から泣き虫だから、大泣きするだろう。
そんなことを考えていると、ふと声が聞こえた。
「大丈夫?」
さっきまで考えていた雫本人の声だ。心配そうに見つめてくる目が太陽のように眩しい。それだけ俺は彼女のことが好きなんだろうな、って俺はいったいなにを思っているんだ。そうじゃないだろと反省する。
「ねえ、大丈夫なの?」
「あ、大丈夫だ。問題ない」
大丈夫だと言葉を発しただけなのに、心が痛い。悪いと思っているのに口は嘘ばかり吐く。本当にどうしようもないな。
「うそつき」
突然、彼女はそう言ってどこかに行ってしまった。後を追いたいはずなのに、身体が思うように動かない。
待ってくれ、と手を伸ばすも届かない。声も出ない。視界が歪んで徐々に暗くなる。ああ、駄目かもしれない。俺は意識が遠のいていった。
「優翔! 分かる?」
目を覚ますと、真っ先に雫の声が耳に届いた。雫は俺を心配そうに見ている。ん? 近っ!
「優翔! 聞こえる? 私の声、聞こえる?」
あー、耳を塞ぎたくなるほど大きな声を出すんじゃ、そう思った瞬間気付いてしまった。
雫は泣いていた。なぜだ、と思っているとまたある事に気付いた。よく辺りを見渡すと、なにもかも白い。壁も天井も。
そうか、俺はとうとうここまできたのか。
「優翔!」
「聞こえてるから静かにしろ。ここ、病院だろ」
雫が何度も叫ぶように俺を呼ぶから注意した。雫は泣いた。俺は罪悪感を覚えた。謝ろうとした時だった。
「最近辛そうにしてたし、なにも言わないから、本当に心配したんだよ。辛かったら言ってくれればよかったのに」
「いや、泣くだろ」
既に泣いてしまっている雫には遅い。だから黙っていたと言えば、また泣くだろう。
「もう泣かない。本当のこと言ってくれないほうが泣くから」
「あー、はいはい」
強がっている雫の言葉を軽く流し、俺は身体を起こした。雫の頭にそっと触れる。頭を撫でると、頬を赤らめた。こうやると、泣き止むのを知っていた。
「もう、子どもじゃないからこういうことしないでよ! そうやって本当のことを誤魔化そうとするんだから」
突然、大声をあげて雫は病室を出ていった。出る間際に扉の前で『うそつき』と呟いたのを聞き逃さなかった。
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