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生かすために沢山つけられた管。均一な音をたてる心臓メーター。そんな患者ばかりの病室に、カーテンレールをあけ、脳卒中の女性の前に立った。
「母さん、来たよ。」
声に反応し、眼球が動き僕をずっと目で追ってくれている。
「今日は、起きてるんだ。いつものように、体を動かすよ。」
そう声をかけ、僕は手足や首を優しく曲げて今母が出来る運動を施した。
筋肉が皆無なのかというほど皮が伸びきり、この先動く事が想像出来ない。でも僕は母を生かしている。
それが正解なのか、わからない。わからないから、こうやってズルズル生かしてしまっている。
多額の借金を残す生き地獄なのに。でもこの僅ながら眼球が追うように、僕の存在が生き甲斐になれてたらと夢を見てしまう。
運動を終わらせ、紙袋に入った新しい下着を古い下着と取り替えると、母の前に椅子を置き座りこんだ。
何か話して刺激をする方がいいのだろうけど、特に話すことがなく黙ってお互い見つめ合う。
そんな無言の中、僕の頭の中で数少ないであろう記憶が巡る。母といると、自然と人生を振り返ってしまう。
すばる。
なんか音が格好いいのと、字を書くのが苦手だった母に合わせて平仮名明記でつけられた僕の名前。
父は難しい漢字が良かったそうだが、母と似て字を書くのが苦手だったため、今としては凄く助かっている。
幼稚園の時の記憶は殆どないが、急に幼稚園へ行かなくなった事は覚えている。
「お父さん、僕ずっとお休みだけど、いつになったら幼稚園行くの?」
「もう、あんな場所に行かなくていい!お前の魅力を何1つ分かってないからな!」
「そうなんだ?」
「ちょうど父ちゃんの勤めてる会社も潰れたし、お前と遊び放題だ!」
「わぁ、嬉しい!」
「オマケに父ちゃんは起業して、社長になるんだ!殆どの銀行に断れる中、俺の魅力が分かって沢山お金を貸してくれる所を見つけたんだ!」
「?」
「ようは、お前は社長の息子!金持ちなんだよ、何か食べたいものはないか?」
「エビフライ!」
「そんなのみみっちい!伊勢海老フライを食わせてやる、ガハハハハッ!」
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