なによりも綺麗な

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「いただきまーす」  先ほどまでの迷いはどこへやら、もの凄い勢いで丼をかきこんでいる。 「やば、美味い~」  たかが数百円の安物でそこまで感動できるとは幸せな奴だな。食べる様子をついつい眺めていると、少年が急に顔を上げて灰鷗の顔を見た。 「そういえば、名前言ってなかったね。俺、鈴木蒼太っていうんだ。あんたは?」 「灰鷗……」  別に名乗るつもりはなかったのだが、つい答えてしまった。聞き慣れない語感だからなのか、蒼太は目を丸くした。 「え、かい、おう、さん?中国人?」 「そんなもんじゃない」 「日本語上手だよね……ま、いっか」  数日前、工場跡と思われるこの建物に無断侵入して、もう死んでも良いとばかりにふて寝していた灰鷗は、蒼太に発見されてしまった。放っておいて欲しかったのだが、この少年はお節介焼きなのか食料を持ってきて、ろくに返事をしない灰鷗にいちいち話しかけてきた。灰鷗は捨て犬みたいな気分になった。 「俺、高2。かいおうさんは幾つ?」 「幾つに見える?」  本当の歳を言っても信じて貰えないだろう。灰鷗も正確なところはよくわからない。あまりに長く生き過ぎて、時間の間隔が曖昧になっている。輿入れ寸前の大名の娘ばかり狙っていた頃は、まだ生きる歓びに満ちていた気がするが、東京が空襲を受けていたときにはもう生に飽いていて、焼夷弾なら死ねるかなと本気で考えていたが、結局は生き延びてしまった。 「んー、若く見えるけど……なんかすっごく年取ってるみたいな感じもするし……」  その辺の馬鹿な若者だと思っていたが、意外に鋭いところがあるようだ、と灰鷗がちょっと感心していたら、 「もしかしたら、お腹がすいて弱ってるせいかもしれないよ?ちゃんと食べなきゃ」 ……結局は空腹に帰結してしまった。  蒼太が言うとおり灰鷗はひどく空腹なのだが、幕の内弁当はとても食べる気にはならない。特に、白米の真ん中に押し込まれた梅干しは最悪だ。あんな酸っぱいもの、誰が発明したのか。  それに……もうここで命の炎を消す覚悟でいるのだ。  灰鷗は吐き出すように言った。 「俺は食わん」 「えー?」  牛カルビ丼を完食した蒼太は、袋にしまった幕の内弁当をしげしげと眺めていたが、 「じゃあ、俺が食ってもいい?」 と、ちょっと恥ずかしげに訊ねた。 「え?」 「健康な男子高生はコンビニ弁当1個じゃ足りないよ~」 「……好きにしろ」 「やった!」  そそくさと袋から四角い箱を取り出し、透明な蓋を開けにかかった。 「明日はちゃんとかいおうさんの好きなもの買ってくるからさ、ちゃんと教えてよ……あ、痛っ」  蒼太は顔をしかめて右の人さし指を唇に当てた。 「切っちゃった、ドジだなあ」  苦笑する蒼太の右腕を、ほとんど無意識のまま灰鷗ほ掴んでいた。
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