グラディエーター

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 古代、乾いた国で大きな戦があり多くの血が流れた。 「俺はもう、だめだ」 「そんなこと言わないでください!」  上官であり、先輩であり、友人であるマキアリウスの命が消えようとしている。わき腹からは止められない血が大量に流れ出ている。 「ショウエル。子供たちを、すまないが頼む……」 「目を、目を閉じないで! マキアリウス!」  ショウエルの願いもむなしく、マキアリウスは息絶えた。ショウエルは遺言通り、彼の子供たちを支え天寿を全うした。 ********************************  そして現代へ  颯爽と歩く小早川真樹の後を、大谷翔は「先輩ー。待ってくださーい」と慌てて追いかける。 「早くなさい!」 「こっちは、準備が……」 「そんなことわかってたでしょ?」 「そうですけど……」 「はいっ。もう無駄口は終わり。取引先が待ってるのよ」 「わかりました……」  数時間後、商談が終り二人は帰社する。女子社員たちは帰ってきた二人の様子を見てひそひそ噂話をする。 「真樹さんって男の人みたいよね」 「うんうん。背も高いし美形だしさ」 「今度バレンタイン真樹さんにあげるつもり」 「あれ、あなた大谷さん狙ってなかった?」 「大谷さんにもあげるつもり」 「あーあ。真樹さんが男だったらなあ」 「ほーんとほんと」  小早川真樹は身長が175センチあり、女性なのに筋肉質で顔立ちも中性的だった。大谷翔も真樹より7センチ背が高いのだが、彼女のヒールの高さにより似たような高さにみえた。二人はこの部署ので1,2を争うモテぶりだったが、恋愛に関心がないので気にしていなかった。  バレンタイン当日、真樹はたくさんのチョコレートをもらって帰宅するところだった。 「うわっ。先輩のほうがチョコ多いんですかね」  翔は真樹の持つ紙袋と、自分の紙袋を見比べる。 「はあ。お返しが大変なのよね」 「そうっすよね」 「まあ女同士だから、あんまり気は使わないけどね」 「そういうもんすか」 「はあ、今日も疲れたな、稽古どうしようかな」 「稽古? なんのです?」 「ああ、剣道よ。今夜稽古日なんだけど休むかなあ」 「先輩も剣道やってるんすか? 俺も段持ってますよ。もうずいぶんやってないけど」 「そうなのね」 「こう見えて結構いけてたんすよ?」 「過去の話されてもね。で、何段?」 「3段すよ」  自慢そうな翔に「結構やるわね。私は4段よ」と真樹が告げると翔は照れ笑いをした。 「じゃ、また」 「お疲れさまです」  2人は家路についた。  賑やかな通りを歩きながら翔は「剣道なら勝てそうかと思ったけど無理っぽいなあ」とため息をついた。入社した時から、なぜか真樹にばかり目が行く。女性として魅力を感じているかといわれると、そうではない。しかし彼女に付いて行こうとしてしまう。 「剣道かあ。久しぶりにちょっとやってみるかなあ」  翔はしまい込んだ防具を出してみようと帰宅を急いだ。  翔は真樹に剣道を再開したい話をすると、彼女の所属している道場に入って稽古ができることになった。さっそく稽古を始める。体操をはじめ、基本の稽古をし、最後の30分で実践の稽古にはいった。10名ばかりの剣士はローテーションで2分程度戦う。 「あ、つぎ、真樹先輩だ」 「大谷くんの実力みせてもらおうかしら」  礼をして真樹と翔は竹刀を突き合わせる。 「やああっ!!!!」 「はああーっ!」  竹刀を振り下ろし、合い面になるがお互いヒットしない。つばぜり合いになり、体格の大きい翔が真樹を吹っ飛ばそうとしたが、いなされふんばられた。結局、翔が小手を打たれて終った。  稽古の後、真樹はさっき翔と戦った時の感覚がいつまでも残っていることに違和感を感じる。 「なんだろ。なんか前にもあったような……」  帰ろうとすると「先輩!」と翔から声を掛けられた。 「おつかれさまっす」 「おつかれさま」 「あの、なんか、なんていうか」 「なによ」 「えーっとうまく言えないんですけど、俺達ってどっかで試合したことあります?」 「たぶん、ないと思うわ。性別も学年も違うしさ」 「ですよね」  真樹も翔のもどかしい感覚が理解できる。彼女も同じように感じている。 「久しぶりに稽古したからなんか変なんじゃないの?」 「かなあ……」 「ま、また稽古でね。ああ、明後日会社か。おつかれさま」 「おつかれさまっす」  妙な感覚を残して二人は別れた。  三か月も道場に通うと、勘を取り戻しているのか翔はあっという間に強くなっていった。重量級の彼に、真樹はとうとうつばぜり合いで押し切られてしまう。 「くっ!」 「面っ!」  振りかぶった竹刀を返し、真樹は翔の胴を打つ。 「あー。だめかあ。先輩から一本もとれないや」 「さすがにずっと稽古し続けているからね。まああなたは大ぶりなのよ」 「やっぱそうっすよね」 「でも1年続けられると、私は敵わなくなるかも」 「そんなことないっすよ」  会社でもプライベートでも親しくなっていく二人だが先輩後輩の関係は崩れなかった。  しかしそんな二人にも変化は訪れる。新しく異動になってきた真樹と翔の上司の存在だった。 「北村和彦です。よろしく」  長身でガタイもよくイケメンの上司はこの部署一番のモテ男となる。女子社員たちは色めき立つ。 「北村課長って素敵! 独身かしら?」 「ちょっと濃いけどイケメンよねー」 「この前、ミスした書類をすっごく優しく直してくれたのよ」 「あたしなんか、挨拶したらすっごい笑顔で返してくれたんだから」  女性受けの良い北村は、真樹にたいしても優しく接する。大柄な真樹は、男から女性扱いをあまりされたことがないので躊躇っていた。 「小早川さんの字は流れるように美しいね」 「はあ、ありがとうございます」  微笑みながらメモを返してくる北村に、真樹はぎこちなく微笑んだ。  剣道場で翔がなんだかいらいらしているように見えたが、稽古が終るとすっきりしているようだった。 「どうしたのよ? なんか集中してなかった気がしたけど」 「いえ、ちょっと会社で」 「なんかあった?」 「なんかあったわけじゃないけど……」 「ならいいけど」  帰ろうとすると「あの、先輩」と引き留められる。 「なに?」 「北村課長ってどう思います?」 「課長? さあ、普通?」 「普通……」 「失敗でもしたの?」 「ちがいます。なんかあの課長怪しいっていうか」 「怪しい?」 「先輩のことばっかり見てますよ?」 「え? わたしを? 壁の時計じゃない?」  最初にでかい女と思われるくらいで見られることがあるが、ずっと見られることは皆無なので信じられなかった。 「いえ、先輩のことみてます」 「そうかなあ。まあ気にしない気にしない」  納得していないような表情の翔に手を振って真樹は帰った。  翔の言うことが気のせいではなかったのか、数日すると真樹は北村に食事に誘われる。いかにもデートのようないい雰囲気のレストランでワインを傾けながら北村から告白を受ける。 「小早川さんは、今フリーかな?」 「ええ、まあ」  ほぼずっととは言わなかった。 「どうだろう。僕のこと考えてくれないか?」 「え? あの、わたしのどこが?」  ふっと笑んで北村は真樹をなめるように見る。 「僕は大きな女性が好きなんだ」 「はあ……」 「しかも君はなんていうか、媚のなくて凛々しいところがそそられるね」 「……」  可愛げがない自分を気に入ってもらえることを、あまり嬉しく思えなかった。むしろ変質的なものを感じてしまう。 「返事は急がない。でも食事くらいは付き合ってほしい」  紳士てきに食事だけして、真樹は送ってもらう。 「課長とお付き合い……」  自分よりも背が高く、イケメンで優しく、女子社員受けがいい。どう考えても優良物件で断るのはおかしいだろうと思った。 「でもなあ」  ふと翔の顔が浮かぶ。なぜか自分に犬のようにくっついてくる。 「一応、報告しとくかな」  会社でも顔を合わせるが、プライベートなことなのでまた稽古場で話そうと考えた。  珍しく、翔に一本負けをし真樹はやれやれと面をとった。 「どうしたんすか? 調子悪いとか?」 「ううん。大谷くんが強くなったんだよ」 「えー、そうっすか?」  嬉しそうに首のあたりをかいている翔に、やっぱり自分より背が高くて肩幅も広いなと改めて思った。 「あのさ、もしかしたら稽古くるの減るかもしれない」 「え、なんでですか?」 「いま、交際申し込まれて、ほらデートとかさ」 「えー! 稽古よりデートをとるんすか?」 「そりゃあそうでしょ」 「で、どんな男なんですか?」 「えーっと」  いつかばれるだろうと思い、真樹は北村だと教えた。 「先輩が課長と?」 「ええ」 「好きなんですか? 課長が。普通じゃなかったんですか?」 「嫌いじゃないから、付き合ってれば好きになるかもって」 「そんな乱暴な。じゃあ俺とも付き合えますか?」 「へ? 大谷くんと? 何言いだすの?」 「ほんとだ。俺、何言ってるんだろ? って、まあとにかく課長がなんか嫌なんです」 「そんな子供みたいなこと言わないの」  すねたような翔の顔をこれ以上見ないように、真樹は素早く立ち去ることにした。  眠れない真樹は何か面白い動画はないかと探っていると、剣道の試合の履歴の中にお勧めとして剣闘士動画が出ていた。 「洋物か。よくもまあこんなむき出しで」  古代ローマの剣闘士の再現ドラマのようで、筋骨隆々の男たちがほぼ全裸で剣をふるっている。見ているとなんだか身体の中から熱くなってくるものを感じる。 「何かしら、なんか、ムラムラする……」  余計に目がさえてきてしまい。真樹は起き上がる。竹刀を手にもち夜中に公園に出かけた。 「職質されないように気を付けないとね……」  剣道場に近い公園では、だれか先客がいたようで竹刀を振る音が聞こえた。 「あらあら気合入ってるのね」  目を凝らしてみると、翔だった。 「大谷くん?」  声をかけるとピタッと竹刀をとめ、翔が振り向いた。 「先輩、どうしたんです?」  真樹の手に竹刀があるのに気づき「先輩もっすか」とつぶやく。 「なんか、眠れなくて。さっき剣闘士の動画なんかみたらちょっと興奮しちゃってさ」 「剣闘士? ローマのグラディエーターですか?」 「そう、それそれ」 「俺もあれみると興奮しちゃうんですよねえ」 「不思議よね」 「今、軽装だからちょっとグラディエーターぽくないっすか? 俺たち」 「まあ、そういわれると」  2人とも薄手のTシャツとジャージ姿だった。 「剣闘士って盾もってるわよね。あれかっこいいわね」 「俺もそう思います。盾もってみたいよなあ」 「盾を持つとこんな感じかしらね」  真樹は左手に拾った小枝をもち、右手で竹刀を構える。 「ああ、それっぽい」  翔も小枝を拾って左手に持った。 「それ」 「おっと」  戯れのように二人で竹刀を交える。片手だけで振り回していると妙に興奮し始め、二人はいつの間にかムキになっていた。  汗をかき息がはじめ、真樹の足がもつれた。 「あ、あぶない」  よろけた真樹を翔は素早く支えた。 「ごめ、足、もつれた」 「先輩……」  翔はくびれたウエストを抱えると、真樹のまるいバストが自分の肩に当たっていることに気づく。 「あの、もう大丈夫よ、離してもらって」 「いや、もうちょっとこのままで」 「な、なに」 「そこまで身長差はないのに……」  気づくと翔は真樹の身体を全身眺めている。 「ここは細くて」 「なによ」  戦った興奮と汗のにおいが2人をより興奮させてしまう。翔が握った手首を振り払わないでいると、もっと身体を密着させてくる。 「いいっすか……」  答えずに目を閉じると真樹の唇にそっと翔の唇が重ねられる。背中をまさぐられていたはずが、いつの間にか胸を両方揉みしだかれていた。 「あ、ちょ、ちょっと」  薄いジャージから下腹部に硬いものが当たるのを感じて真樹は身体を離した。 「す、すみません。俺、調子に乗って……」  起立した股間を手で隠すようにし翔は身体を斜めに向けた。 「いや、いいのよ。こっちこそごめんね」 「送ります」 「いいのいいの。うち近所だから、じゃあね」  気まずくなる前に真樹はさっと竹刀を拾って公園を出た。  北村と三回目の食事で「そろそろいいかな?」と尋ねられた。 「え?」  何がいいのかわからないまま、凝視していると北村は上を指さす。 「よかったら部屋をとるよ」 「部屋……」  真樹は身体の関係を求められていることがわかり返答に詰まる。まだ交際をすると返事をしていないのだ。 「あの、今日はちょっと体調が」 「ああ、そうか。ごめんね」  女性のことはなんでもわかっているというような表情を見せ、北村はそれ以上強引に誘うことはなかった。 「やっぱり優しいのね」  本気で交際してもいいかなと真樹は考える。しかし一方であの翔との公園での出来事が頭から離れない。 「あいつムキムキだったわね」  動画で見た剣闘士ほどむさくるしくないが、いい身体をしていた。そして北村との交際を始める前に大事なことを思い出す。 「大谷くんに頼むかな」  これで解決するかとおもうとすっと眠りが訪れた。  真樹と翔はホテルのベッドの上にいる。 「ほんとにやるんですか」 「ええ。頼むわよ。痛くしたらしょうちしないから」 「ええー。無理じゃないかなあ」 「まあ、ちょっとは痛くても許すか」 「でも、なんで俺なんです? 課長でいいじゃないすか」 「へんに責任感じられると困るじゃない。その時ぎくしゃくするのも気まずいし」 「俺なら平気なんですか?」 「あと腐れなさそうだし」 「はあ……」 「じゃあいいわよ」  真樹は横たわって目を閉じる。翔は覚悟を決め、彼女のバスローブを脱がしにかかった。  優しい唇が首筋から肩を這い、デリケートなタッチで腰を撫でまわされる。マッサージされるように愛撫されリラックスし始めた真樹は、思わずあくびをしてしまう。 「ふあぁー」 「ちょっと、先輩、あくびって失礼じゃないっすか?」 「え、なんかお風呂上がりのマッサージみたいでさ」 「ええー。なんかやる気なくすんすけど……」 「それは困るわね……」  そもそも恋愛関係ではない二人は気持ちがなえてしまった。 「出よっか」 「そうっすね」  順番にシャワーを浴びて二人は、別々にホテルを後にした。  一度拒んだが、それで引くことなく北村は真樹を食事に誘う。真樹は覚悟を決めて、今回情事に誘われたら応じるつもりだ。 「痛くても我慢してたら初めてってばれないだろうし、きっと北村課長は女に慣れてるわよね」  食事中に北村から剣道について色々尋ねられる。 「真樹さんは剣道4段なんだってね」 「ええ」 「4段とってるなんてすごいね」 「そうですか? もっともっと上の段位の方は大勢いますし」 「いやあ、4段からはもう別格だからね」 「まあ、そう言われますね」  翔も4段に2回チャレンジしたが落ちている。 「実は僕も剣道やってたんだよ」 「え? そうなんですか?」 「といっても、恥ずかしながら初段しかとってないんだ」 「いえ、初段といっても有段者ですから、立派ですよ」 「そういってくれると嬉しいね」  今夜の北村はいつになく優しいというか和らいだ態度というか何かおかしな態度だ。なぜか上目遣いに見つめてくる北村から「今夜は帰らないでいてくれるかな?」と尋ねられた。  覚悟を決めていた真樹はこくりと頷いた。  部屋は上等で広く夜景が美しく見えた。 「やっと応じてくれたね」  すっと近づいてきた北村に、思わず、すり足で身をかわしてしまった。しまったと思ったが北村はむしろ嬉しそうな表情をする。 「身のこなしがいいね。やっぱり真樹さんは強いんだろうな」  中途半端にムーディーな照明の明るさが、北村を不気味に感じさせる。真樹は次、触れられるときは我慢しようと思った。が、北村は持っていたビジネスバッグから一本の指示棒をとりだし、伸縮性らしくマックスまで伸ばした。 「ちょっとこれを持ってみてくれないかい?」 「これ、ですか?」  真樹は手に持ち、何気なく左手のひらをその指示棒で叩いた。北村はそのしぐさに目を見張る。 「どうだろう。それを竹刀だと思ってちょっと小手を打ってみてくれないか?」 「え? 小手を打つ?」  ためらったが、北村が右手を少し上げ、すきを見せられた瞬間に打ってしまう。 「小手っ」  ぴしゃっと北村の右手首を打つ。 「う、くっ。い、いい小手だね」 「す、すみません。つい……」  長い棒状のものを持ってしまうと真樹はついつい構えてしまう。 「いや、今度胴を打ってもらえないかな?」 「ええ? 胴、ですか? 痛いと思いますけど」 「大丈夫だよ。スーツも着てるし、ほらそんな細い棒じゃあね」 「はあ……」  何かおかしなことになっている気がするが、剣道が好きな真樹にとって嫌な状況でもない。また北村が両手を振り上げ、腹回りに隙を作る。 「胴っ!」  真樹は踏み込まずに、胴を打って後ろに下がった。 「くうっ! 逆胴とは、やるね!」 「あ、はあ。ありがとうございます」  北村は打たれただけでじっとしているはずなのに、やけに呼吸が激しく顔が紅潮してきている。暑くなってきたようでスーツを脱いで椅子に掛ける。 「今度は、面を打つつもりで私の尻を打ってくれないか?」 「え? 面を、お尻?」 「ああ、頼む。今度は遠慮しなくていい」  北村はうつぶせになってベッドに寝そべった。真樹のほうに尻を向けている。さすがにこの時点で明らかにおかしなことになっていると真樹は思った。 「あ、か、課長、今、胴打った時に手首捻っちゃったみたいで……」 「え? 手首を? 見せてみなさい」  北村はがばっと起き上がって真樹の手首をとる。 「ここが痛いか?」 「少しだけ」  本当は手首など捻っていなかったが、この場を逃れようと嘘をついた。 「そうか。無理をさせて悪かった」 「いえ、2,3日で治りますから」 「そうか」  すぐにでも帰りたかったが、上司なのでそういうわけにもいかず真樹は穏便に済ませようとした。それでももう男女の付き合いは無理だろうと感じたので正直に告げる。 「あの、課長。お付き合いの話は白紙に戻してください」  ちらっと北村は真樹のほうを見て悲しそうな表情をする。 「そうか。君なら相手を打つことが好きだと思ったんだが……」 「確かに打つことが嫌いじゃないですけど、わたしはなんて言うか打ち合いたいんであって、一方的に打ちたいわけじゃないんです。対等に戦いたいというか」 「ふうっ。なるほどね。私は打ってもらうのが好きなだけで、打ちたくはないんだよ」 「……」  北村は剣道部であったが、自分の性癖で打ってもらってばかりだった。そのせいで初段以上の段位は望めず、部員たちも何かおかしいとあまり打ってくれなくなった。それで剣道から離れたらしい。 「きっと、課長に合う人が出てきますよ」 「だといいな」 「わたしに比べたら全然、課長のほうが巡り合えると思いますよ?」 「そうかな。君みたいに引く手あまただといいが」 「え、わたしのどこが?」 「大谷くんなんか、君にぞっこんじゃないかな」 「えええー。そんなことないですってー。もう、課長ったら冗談きついんだからー」 「しかし自分のことを話したのは、君が初めてだったな」 「ああ、そうなんですね。今どきそんなこと隠す必要ないですって。オープンにしたほうが相手が見つかりやすいですよ」 「そうだな。新しい時代に向けてもっと自分を出していこうかな」 「その意気ですよ!」  明るい雰囲気になった二人は部屋を出ることにした。帰り際、固い握手を交わし「また明日からよろしく」と北村に頼まれる。 「もちろんです。課長!」  その二人の姿は戦友のようだった。  肩の荷が下りて気が楽になった真樹は剣道場で、思いっきり稽古を楽しんだ。おもいっきり振りかぶり、体力を気にせず稽古にいそしむ。翔も真面目に稽古に来ているようですっかり道場に馴染んでいる。  稽古で翔と戦うとすごく楽しかった。普段は先輩として尊重してくれているが、稽古では真樹が上の段位のせいか遠慮してこない。パワーでは負けてしまうが、戦略と経験と素早さは真樹のほうが上だった。  ある意味対等な戦いで、一本ずつ取って引き分けた。 「あー、すっきりした。おつかれさまー」  皆にあいさつして真樹は防具を肩にかけ帰ろうとする。 「先輩。待ってください。飯いきませんか?」 「これから? まあ、かえって食べるんだけど、この格好じゃなあ」 「ラーメンぐらいいいっしょ」 「ま、いいか」  剣道着は着替えているが、二人ともジャージ姿だった。 「じゃ、俺の車に乗ってください。帰りも送りますよ」 「ふーん。じゃ、よろしく」  防具を後部座席に乗せ、助手席に乗る。自分の汗のにおいが気になったが、お互い様かなと思い窓を開ける。目に入ったチェーン店のラーメン屋に入り二人で大盛りを頼む。 「で、どうだったんですか?」 「何が?」 「あの、課長と」 「ああ、お別れしたわよ」 「え? まさか、あの、俺のせいですかね。やっぱうまくいかなくて」  ホテルで未遂に終わってしまったことで、翔は妙な責任を感じているようだ。そんな真樹に笑って「ちがうって」と答えた。 「なんか話し合ってるとお互い違うなーってのがわかってね。なんにもなかったし」  北村がM男で、自分に加虐させようとした話はしなかった。 「そうですか」 「また稽古に専念できるわ」  ラーメンが運ばれてきたからか、翔は明るい笑顔を見せた。  公園の近くに来たので「そこでいいわ」と翔に告げると、彼は真っ暗な公園の駐車場に車を止める。電灯が壊れているらしく白線しか見えない。 「もう遅いっすから、もうちょっと近くで」 「ううん。もう近いの。ありがと。じゃ」  またねと言いかけた時、強い力で抱きしめられる。大柄な体格の二人のせいで車内は狭い。 「あ、ちょ、となに」 「よかった。先輩が課長のものにならなくて」 「そうね。ちょっと残念かもね」 「すみません。先輩のこと抱きます。ちゃんと用意もあります」 「え、や、やだ。こんなに汗かいてるのに!」  翔はシートを倒す。防具は運転手席側の後部座席に移動されていた。強引に口づけされ、口の中に舌をねじ込まれたが真樹は不快ではなかった。さっき戦ったことを思い出し、この狭さで強引に迫ってくる翔に拒絶ではない抵抗を見せる。 「ん、むぅっ、せん、ぱいっ」  負けてなるものかと真樹も自分の舌を翔の口の中にねじ込んでいく。真樹は気が付くと胸と股のあたりが汗ではないぬめりを感じた。 「ん? なに?」 「ローションす」 「ローション?」 「ほら、こうすると」 「あっ、きゃっ」  翔がぬるぬるした起立を真樹の秘部にこすりつけてくる。くちゅくちゅと恥ずかしくなるような音が車の中で響く。 「や、やだっ」  翔は真樹の両胸を揉みしだき、乳首を甘噛みしている。 「あ、ああ、はぁ、あ、ん」 「ごめんなさい。ほんとうはベッドでって思ったけど、きっとまた」 「あ、ん。もう、いい、わ」  戦っていた興奮がよみがえる。覆いかぶさった翔の身体はやはり逞しく筋肉質で大きい。 「もう、入れ、ますね」 「あ、ん、う、うん」  ローションと真樹の愛液で挿入は難しくなかった。日頃よく運動をしていたおかげか、大きな痛みはない。それでも初めて内部に侵入してくるその起立に衝撃は感じる。 「う、うううっ、お、おっきい」 「初めてなのに、でかいってわかるんすか?」 「し、知らない!」 「なんか、そんなに可愛くするのってずるい。あーもう出そうっ」  苦痛を与えないように気を使っているのか、翔は腰を動かさずにじっとしている。真樹の乳首と花芽を絶えず、いじり快感を与えようと奮闘しているようだ。  真樹は内部からは圧迫される感触を得ていたが、外部から段々耐えがたい気持ちよさが伝わってきた。 「あ、そ、そこ、もう、だ、め、きもち、よくて」 「良くなってきたんですか?」  翔は規則正しく早く回転させるように花芽を指先でいじる。しばらく続けると真樹からの振動が伝わった。 「やあああんっ」  背中をのけぞらせて真樹は口を押さえながら絶頂を迎える。 「う、先輩。か、わいい。すみません!」 「あんっ、やだ、い、いたっ」 「くううっ!」  何往復か腰を動かすと、翔は真樹になだれ込む。体重をかけないように、しかし包み込むように真樹に覆いかぶさっている。 「すみません」 「べ、べつに平気」 「あの、先輩」 「なに」 「先にやっちゃいましたけど、付き合ってもらえます?」 「え、うん。わたしでよかったら」 「よかった、断られるかと思った」 「断るならさきに拒んでるわよ」  翔は安心した顔で体を起こすと、座席に用意していたボディシートで真樹を拭き始める。 「なんか、世話焼きなのね」 「んー。なんでだろ。こんなこと他の人にはしないんだけどなあ」 「まあいいか」  めでたく二人は恋人同士となった。かといって二人の関係が変化するわけではない。相変わらず先輩後輩の関係は維持され、対等に戦っている。  ベッドでも翔がいつも主導権を握ることもない。 「まだ、まだ、イッたらだめだからね!」 「あ、だ、だめ、もう、出そうっす!」 「わ、わたしも、もう、ちょっとで――」  ミックスアップし続ける真樹と翔は、いつまでも刺激的で仲の良いカップルだった。  女子社員たちは恋人同士になった2人を心から祝福している。 「なんか、真樹さんと大谷さんって、ほら鈴薔薇のアンとオスみたいじゃない?」 「素敵ねえ!」 「ちがうわよー。ボーイズラヴよお!」  彼女たちはおしゃべりに花を咲かせている。  そんな二人をうらやましそうに眺める北村にも、いつか春がやってくるだろう。 終り
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