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初夏の湿っぽい空気に、揮発した酒の匂いがゆるゆると溶け込んでゆく。結飛人は溜め息混じりに言った。
「お前と飲むのは初めてだな」
顔をしかめた日下は、ちょっと笑った。
「こういう雑な酒は、金光じゃなくても初めてだ」
「何? 口に合わなかった?」
「味の話じゃなくて」
言いたいことは理解できる。植物園のスタッフやAR、アシスタントロボットにここから摘まみ出されない保証はない。先生の目を盗んで悪巧みをする子どもみたいだな、と思うと、結飛人も自然とおかしくなった。
「テキーラってあるだろ? あれ、リュウゼツランの仲間が原料らしいよ。だから酒の肴としては間違ってないだろ?」
「へえ」
「あのリュウゼツランも、酒にしたら案外旨いかもね?」
どうかな、と日下は疑わしげに言って酒を口に含んだ。
屋外の開放感とほろ酔いの気分の中、会話は静かな調べで進んでいった。大学時代のサークルのことだったり、他の同級生の噂話だったり、健康管理についてだったり、そんな何てことのない話。
お互い、核心には触れない。
それでも、日下の芯のある声を隣で聞いている内に、ある種の安心感を覚えている自分がいた。旧友だからなのか、あるいは、日下だからこそなのか。
ふと、2人の視線がかち合う。年を重ねた日下の黒く澄んだ目。気まずさは感じないが、今度の視線の意味はよく分からない。日下のもそうだが、自分が一体どういう心境で相手を見ているのか、結飛人自身にも上手く言い表せなかった。
目を逸らし、結飛人は「なあ日下」と呼びかけた。
「ここで話したこと、覚えてるか?」
何となくな、と日下は淡々と答えた。
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