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「日下って、意外と甘いのな」
鋭い視線を無視して、結飛人は2つの紙コップとミニボトルをリュックに回収する。
「昔っから真面目なとこあるからな。もっと気をつけないと……って、今さら言っても遅いか」
「お前……やっぱり、何か盛ったんだな……?」
日下の口調は舌足らずで不自然にもたついていた。眉根が苦しげに寄っている。いら立ちと不快感が入り混じった表情だろうか。気にしていた手は既に両方とも自由がきかないようで、膝の上で指が数ミリ空しく動くだけだった。
結飛人は折りたたみ式の松葉杖を取り出した。バイオマスカーボンでできた黒っぽいそれを、ボタンを押してカシャンと使える長さにする。
立ち上がると、フラッとよろめきそうになる。思った通り、アルコールやら何やらが体に回っているらしい。
「別に信じなくていいけど、今日はリュウゼツランの花が見れて嬉しかった。じゃあね」
冷ややかな目で同級生を見下ろしてから、結飛人は松葉杖を頼りながら小急ぎでベンチから遠ざかった。
***
結飛人の勤め先が実は政府の暗部と深くつながっていると知ったのは、入社した後だった。毒物を始めとするフィトケミカル――植物由来の化学物質の研究も行っていたが、メインは、ターゲットに気づかれずに毒を盛る技術の開発だ。国を守るためだ、必要悪だと言われて、それもそうかとあまりこだわらずに仕事を続けてきた。昨今の不穏な社会情勢では仕方ないと諦めの気持ちもあった。
当然、敵に遭遇することだってあるだろう。今日のように。
カツン、カツンとカーボンの松葉杖が鳴る。杖を握る指先は若干しびれていた。生き生きと育つ広葉樹に目をやりながら、緩やかな下り坂になっているベージュの道を進んだ。
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