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日下は結飛人の動きを油断なく注視していたが、酒自体に元々毒が入っていたことは見抜けなかったようだ。もちろんこれは諸刃の剣で、口の中に解毒剤を仕込んでいた結飛人の方も、現在、体に多少の支障が出ている状態だった。
あと数分もすれば、日下は楽になる。
結飛人は立ち止まり、遠くのリュウゼツランを振り返った。重みで少しばかり弓なりになった立ち姿が、人差し指ほどのサイズになっていた。ベンチの様子は見えない。
あの銃。MGの存在は会社柄知っていたが、あれは並のルートで入手できるものではない。しかもそれを、表向きは普通の会社員である結飛人に向けた日下。
大人になった彼が出した答えは警察官ではなかった。ほぼ間違いなく、彼は反政府組織の人間だ。
結飛人は再び歩みを進めた。「間違った」世の中を変えたい――それはそれで日下らしいかも知れない。組織の実態は不明だが、普段は一般社会に溶け込んでいるという噂なので、ガーデニング関係と言っていたことは恐らく本当だろう。
松葉杖を一定のリズムで突いていると、海の気配を微かに含んだ風が、植物園の中を駆け抜けた。ピリピリとした手のしびれは先ほどよりも緩和している。
そう、日下はまだ知らないだろうが、この毒には大して強い毒性はなかった。同じことを猛毒でやったら相手と心中するはめになるので、頼まれてもやらない。しかし、本気で毒殺しようと思えば方法はあったはずだ。
「……お互い甘いな、日下」
結飛人は小さく苦笑した。最低限、痕跡は残さないようにしたが、暗に白状までしてしまったのだから大甘だ。日下は日下で、MGまで出しておいて結局敵を見逃してしまった。
もしかすると日下は、結飛人を殺すためではなく、結飛人と決別するために、あえてMGを見せたのだろうか――。
この植物園で、輝く目をしていた高校生の日下。リュウゼツランも自分達も、もうあの頃に戻ることはできない。
花はもう、咲いてしまったのだ。
胸が詰まるものを自覚しつつ、結飛人は色素の薄い瞳で遠くを見た。正午前の青空は広く、連なる山々は初夏の葉の匂いが感じられそうな濃い緑色だった。富士山は別の方角だろうか。
どこまでも明るい太陽が、東伊豆の地をじりじりと照らしていた。
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