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リュウゼツランが咲いた。あの寝ぼすけなリュウゼツランが、ついに。職場の休憩室でその知らせを受け取った時、金光結飛人は呆れて、次いで気が抜けた笑い声をこぼした。
見に行こう、ということにしたのは、今思えば、21世紀も残り10年を切ったこのご時世、少し軽率だったかも知れない。
***
土曜の空は穏やかに晴れて、梅雨明けの真っ白な綿雲がところどころに浮かんでいた。老朽化が進む中規模の植物園に強い日差しが降り注ぐ。暑すぎず風もあるので、変わった花見をする日としては気候の上ではベストと言ってもよい。
朝に神奈川の職場に立ち寄ってから、電車や自動タクシーを乗り継ぎ静岡の東伊豆に来て、今、午前10時半を回ったところだ。
ロシア系クォーターの色素の薄い瞳で、結飛人は何とか状況を把握しようとした。パーマのかかった柔らかい髪が、どこか潮の気配を含んだ風でうっとうしいことになっていたが、それは後回しだ。色白の肌には汗が滲んでいる。気温のせいだろうが、冷や汗のような気もした。
結飛人の視界の端には地植えされた奇妙な植物があった。天へと伸びるブラキオサウルスの首のような、高さ数メートルの緑の茎が、ひと欠片もはばかることなく己を誇示している。見覚えはなかったが、リュウゼツランだと書いてあったのでその通りなのだろう。正面後方では、植物園の風景が非日常を演出していた。4人が横に並べそうな歩道が緩やかな曲線を描き、そのベージュの帯の外側で、ポツポツと植わった色々な形の木が陽光を浴びている。半透明の大きな温室もある。他の客は離れたところに1組見えるだけの、空と遠くの山々に彩られた爽やかな景色だった。
そして真正面。待ち合わせ相手の旧友が、結飛人に「銃口」を向けていた。
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