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あっ、もうすぐ咲くんじゃない? これ。
窓際に座ってた私の視線と意識は、教室の中とは全然違う方向……ベランダの方を向いていた。
ベランダには、何もない。
強いて言うなら、避難用のはしごとか滑り降りる道具みたいなのが置いてあったりするけど、ほぼ何もなく、誰も立ち寄らない。
そんなベランダに今、ピンク色をちょんと加えようとしているのが、最近生えてきた、一本の雑草である。
ピンク色のつぼみを一つ、つけている。
こういうところに生えた雑草を応援したくなるのって、一般的な人にありがちな発想かもしれない。
そんなありがちな発想を持っているのは、私だけではなくて。
もう一人、前に座っている、男の子。
彼もまた、ベランダの方を見ている。
「なんかつぼみ、ちょっと開いた?」
「うーん、どうだろね」
不意に小さく彼に話しかけられ、私は答えた。
彼とは時々話し、そしてその時々の中で時々、ベランダに花を咲かせようとしている一本の雑草の話をする。
そんな彼を後ろの席から毎日眺めていると、なんだか自然と少し笑ってしまう。
「なあ、今度、一緒に行かない?」
「え? どこへ?」
突然振り向いた彼に、ちょっと笑った顔のまま、私は驚いて返した。
「植物園。花、見に行きたいなって思って」
「植物園かあ。いいね行こうか」
どうして植物園に行きたいと思ったのかな。わからない。そしてなんで私を誘ったんだろう。まあ、花に興味あるの、私と彼しかいないかもしれないとは思うけど。
でも親友という人がいなく、かつ彼氏もできたことない私には、二人でどこかに出かけるっていうこと自体が、超親密な相手としかやらないことだとしか思えない。
だから、ちょっと思った。彼に手を引かれてお花をたくさん見たいなあって。
二人で植物園に行くと決めた日は、すごくあったかい日だった。
だから、植物園に着く前から温室にいるみたいな心地がして。
そして、なんだかその温室はちょっとあったかすぎるとも思った。
「ねえ、そういや、何色系の花が好きとかってある?」
「色? あー、うんと、ピンクかな」
やっぱり、今ちょうどあのベランダに咲いている小さな花の色のような、ピンクが好き。
「あーやっぱピンクなんだ。僕は青系かな」
「へー」
そんな会話とともに、目的地までさくさくと近づいて、大きな銀色の建物までやってきた。
すごく大きい温室。これが植物園。
この中にたくさんの色の花が咲いていて、蝶も飼われていたりするみたい。
私はそんな銀色に覆われたお花の世界に、彼と二人で同時に、突入した。
「中、すごい広いんだね」
「そうだな」
入園してすぐ、もうそこは変わった植物だらけの世界だった。
はじめは乾燥した地域に生える植物のエリアで、サボテンがたくさん。
そのサボテンに、なんと花が咲いている。オレンジ色のしっかりと主張している花だった。
「サボテンの花、すごい、こんな派手な花なんて」
「たしかに、地味な花つけそうに見えるよな」
私は想像してみた。誰も認知されていない砂漠に、何にも特徴のない私が一人。
そんな中、サボテンの花を見つけたら、どんな気持ちなんだろうって。
しかしその想像は、あまり進まなかった。
なぜってここは温室の中の世界なのだ。砂漠ではないし、ただの創られた、ちょっと本物みたいな世界。その世界では、サボテンの花は、すごく目立っている。
「次の部屋、行ってみようか」
「うん」
私と彼は、サボテンと多肉植物ばかりの空間を歩いて、次の部屋へと進んだ。
次の部屋は、熱帯の植物の部屋だった。熱帯に居そうな、カラフルなチョウが待っていて、けれど、天空の果ては、閉じた領域だった。
まあ、それはここが温室の中だから当たり前なんだけど。
なんだかそれが、少し、寂しく思えて、だけど、やっぱり見る植物が珍しくて、退屈するっていうことはありえなかった。
そしてそれから、数時間後、私と彼は、植物園の隣にある、小さな喫茶店に来ていた。
喫茶店に入る前、空を見上げてみた。
天井はないけど、何かに覆われている感覚が、まだ残っている。
「はー、いろんな植物生えてたな。今日はありがと、付き合ってくれて」
「ううん、私もすごい楽しめた。私花とか植物とか好きだし」
「そっか、よかったうれしい」
私と彼は、そうしてそれから無言になり、コーヒーの入ったカップを見透かそうと頑張る人みたいに手元を見つめていた。
「ねえ」
そんな沈黙を、コーヒーの水面を適度に揺らしながら破る。
「どうした?」
「あ、ううん。なんかさ、ちょっと植物の気持ちになっちゃったりしなかった? 今日?」
「え? えーと」
「……変な質問でほんとごめん」
「あ。いや大丈夫、ていうかつまり、なんか、狭いところに閉じ込められてんな的な?」
彼はそう私を見つめかけて、でも少し上を見て尋ねた。
「そう、それに近い、かなと思う。なんかつまりさ、結局、あそこの植物たちって、あの中でしか注目を浴びれないわけでしょ。外に出て本来生えてるところに生えてたとしたら、きっと……あのベランダに生えてる花みたいなもんでしょ」
「まあ、そうかもな。ていうかその話、もしかしてこの前の話につながってる?」
「かも、ね」
「うわ、やっぱ、考えてることが意外と、いや違ったわ、見るからにだるい方向に行きがち」
「見るからにに訂正するのはひどいなあ」
私は笑いながら、そうはっきり言ってくれた彼に感謝した。
この前の話というのは、数日前の授業の暇な時、私が彼にした話である。
「なんかさ、最近、世界にわたしを知らしめたくなってきた」
「?」
午後の眠い時、あくびをしながら彼ははてなマークをひょいと飛ばしてきた。
「あー、だからね、なんかこのままだと私、いてもいなくてもおんなじみたいな存在になる気がするから、なんか世界にわたしの存在意義を問うてみたいってこと」
「うわー、それはめんどくてだる」
「超だるいね」
「なんだよ。あれでしょ。どうせなんかまた負けたとか?」
「一回戦負けしましたが?」
私と彼はきっかけさえあれば、遠慮なく言い合える友人モードになれたりする。
そんなモードのまま話は進み、
「要は何、高校生活、なんもなく終わりそうで困ってんのね」
「まあそう。このままもう人生ずっとこの調子な気がする」
「まあそれは僕もだけど、ていうか世の中のほとんどの人そうでしょ」
「まあ……」
でもなんていうか、かけがえのない自分を持ちたいお年頃というやつなので、周りがどうとかもあるはあるけど、とにかく、私は、ベランダに生えてるつぼみを付けた花みたいに、認知されずに時が流れていくのを受け入れるしかないんだなあ、それはやだなあと考える。
でも、考えたところで解決しないので、結局その話題はそのまんま終わったのだ。
それを、私は、彼と初めて出かけた先で、復活させてしまった。
何やってんの私。
でも、そんなめんどくささがサボテンのとげレベルにまとわりついてる私に、彼は言った。
「ま、でもさ、ベランダの花にしろ、サボテンにしろ、誰からも認知されてないわけではないでしょ。たとえば、僕たちは認知してるし」
「……そうだね。あ、でも花は虫に認知されないと意味ないんじゃない?」
「じゃあ、もうハエでいいよハエ。どっかのハエなら認知してるでしょ」
「はい」
「それでよくね、って僕は思う」
彼はこの時はよそ見もせずに、私に目を合わせて言った。
「まあ例えば、僕の場合、君がいたりするし。なかなか、こんな植物園にいきなり一緒に行ってくれる人なんて、いないもんな」
「……」
そうね、ばかだな。どういうところがばかって、今なにも言えないでいるの。
わたしも彼と今日過ごせてよかったと思ってるし、しかもそれは別に誰にも知られる必要はなくて……ううん、逆に言えば、唯一知らせたいのは、彼だったりするのに。
思うように言えたりはしないよね。これが私の恥ずかしがり屋なところ。ぽんこつな、女の子なところ。
だから、私は笑った。
変に笑ってると思われるかもしれないけど、うれしいってことくらいは、わかってほしかったし。
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