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#1
けれども世界は順調に廻った。
「俺様についてこられっかー? クソガキども」
「当たり前だろ」「無茶言わないでよ~」
正反対を同時に口にするは、下界管理班班長、その直属の部下ふたりである。
大鎌を肩にかけひねくれた口を利くのはサリエル。若草色の髪は外に跳ね、下界管理班所属の証である帯を腰になびかせながら、青い目で背を向けた班長――ラファエルを睨むように見ていた。
彼は【五番目】に造られた双子のうちのひとりである。そのひとが「ラファエルの補佐を」と造ったはいいものの、実際当人が尊敬しているのはそのひとと……【一番目】の聡明なミカエルくらいのもので、結果としてそのミカエルが信頼しているラファエルに、武力においてもなんにおいても対抗心を燃やすこととなってしまったのが現状だった。つまるところこの二人はよく衝突するのである、ラファエルも大概大人げというものに欠けるためだ。
そしてそれにそのひとが頭を抱えた結果に造られたのが、【七番目】の、末っ子ともいえるアズラエル。今まさに両手剣を手に眉を下げている、黒髪で顔の左側をすっかり覆ってしまった男型。彼は当然下界管理班……通称下界班に所属されている。ラファエルとサリエルの緩衝材に、というわけだった。
みんなと仲良く。それがアズラエルの口癖だった。まるで彼にはそれしかないように。
彼らを囲んでうごめくは黒い影、ひとにも似た――否、人影。そこに無作為に目玉がいくつか、あちらこちらを向きながらに生えている。
「行くぞ」
ショートソードと呼ぶのが相応しいだろう、前腕程度の長さをそれを構えた、橙色の長くはない髪を肩で結う背中。楽しげに口角を上げながら、【三番目】である下界管理班班長、そう、他の誰でもないラファエルが告げてみせた一言。それを合図に三人は散って、その人影を斬り、狩り、刺し散らしていく。
ここは下界。
かつてアダムとイヴが創られしとき、アダムは下界で種を繁栄させるため地上へ降ろされた。対してイヴは天界の「聖域」にて永遠に、守られ続けている。死してなおその聖域に、門番すら配して。
順調に人間は増え、栄えた。しかし世界を運営するにはあれこれと調整が必要なもので、それによって様々な仕事、作業が生じ、使いたちは大まかに三つの班に分かれてそれをこなしていた。そのうちの一つこそラファエル率いる下界班だ。主には下界へ直接赴いて生態系などの状態を観測し報告したり、時折随所に見受けられる予期せぬエラー……「バグ」を探したりなどであるが、最も多い任務は今のように蠢く人影と戦うことであろう。戦闘前提に作られた型が多いのが特徴である。
とにもかくにも、その他にも使いの仕事は山とある。もちろんそのひと自身が手を加える必要がある事象もだ。そのなかでも世界運営において最たる重要性を持つのは、次の魂を創ること、世界の幸不幸のバランスを保つためすべての命の運命を調節すること。それらを行うにあたり――勿論それ以外に存在する仕事をこなすにも、生き物が死んで天界へと持ち帰ってくる、「記憶」、その電気信号こそ作業に必要不可欠となってくるエネルギーなのである。
本来であれば自然と魂は天界へ戻ってくるはずなのだが、不思議なことにその半数ほどが下界に留まり、こうしてあるべき魂の形すら忘れ醜い怪物と化してしまう現象が起きていて、ゆえに下界管理班の仕事は人間の出没によりひとつ増えたのであった。
なぜにか留まりたがる魂は反撃し、そしてその武器がなにであるかをまるで知っているかのように、彼らの攻撃を避けようとする。そして常に群れているそれらの数は数十にのぼる時さえあるため、戦い慣れしている下界班の三人でも、長期戦にもつれ込めば息を切らす場面とてなくはなかった。
けれども手こずる、ということもない。のらりくらりとした影程度が相手であれば。
「今日も俺の戦績がトップみたいだなァ!」
「ふっざけんな、数え直せ……!」
「息切れしながら言ってもねぇ……」
腕を組み仁王立ちするラファエルと、獲物を支えに立つ二人。
ラファエルは二人のように大きな獲物で立ち回ることをせず、小回りの利くショートソードを生成し、斬り、投げ飛ばしては刺し、時には雨のように降らせ……といった直感重視の戦いを得意とする。けれどもそれが彼にとっては正解だった。
戦闘面にのみすべてを注ぎ込んで造られた男。
考えず集中するほど真価を発揮できる、戦いのためにこそ造られた存在。
しかし彼は知らない。自身の「役割」を、存在意義を。ならばこその博愛なのかもしれなかった。使いには誰しもに課せられている役割を、知らないのではなく「無い」のだと、それすら知り得る手段もないままに。
ただ、戦う。
――【天界最前にして最強の砦】。
最初にそう口にしたのは、果たして誰であったか。
「今日も俺が無敵! 誰ひとり敵いやしねェよ!」
「ふぅん、やってんじゃん」
ちょっかいでも出しに行くか?
赤い瞳、長い金髪をなびかせ、暗闇のなかにこやかに微笑む男。そしてそれを一瞥して、興味もなさそうに椅子にもたれる深く赤い、赤い瞳。その色を更に沈ませるような黒髪はどこまでも長く、そのせいか瞳はどこか憂いで――自棄にさえ。
「知ったことか、興味もない」
かつて段、段と広がりゆくそれを蹴り跳んだ彼は、面影もなく気怠げに、呟いた。
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