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「黒月さん、ちょっと詰めてよ」
そう言いながら引きこもりのクラスメイト、白星くんは私の右隣の手摺にもたれかかった。
袖を通す黒パーカーは小柄な彼には大きすぎるようで、裾が膝の上近くまで覆い被さっている。
被ったフードもサイズが大きく、夜の暗闇も相まって彼の表情はほとんど見えない。
「いやー、久しぶりだねぇ。五月以来?かな会うのは」
去年、今年と白星くんと私は同じクラス。彼が引きこもる二ヶ月前までは一応毎日顔を合わせていた。席が近かった時期や一緒に委員会をしていたことがあり、友達とまでは行かないけれど挨拶ぐらいはする仲だった。
手摺の向こう側から、夜風に乗った楽しそうな声が微かに聞こえる。彼はうるさいなぁと呟いた。
白星くんはクラスの中でも浮いている存在だった。
昼休み、みんなが友達や恋人と固まってお弁当を食べている中、白星くんは自分の席でパンを黙々と食べていた。1人ご飯をする人は多分各クラスに1人ぐらいはいる。でも、そういう人はご飯をかき込んで図書室かトイレに逃げる。居心地の悪い教室には留まらない。
でも白星くんはパンを食べ終わった後も席に居座る。何回か揶揄われているのを見たことがあるけど、白星くんが昼休みから逃げる事はなかった。
1人が平気なタイプとは白星くんのことを言うんだろう。どれだけ他と違っても我関せず、背が小さいくせに堂々としてる。
その時から何も変わらない。
飄々とした態度と穏やかで夜風のような声色。彼は、引きこもる1日前と今とで何も変わらない。
「元気にしてた?」
そんな彼の質問に私は何も答えない。
手摺から下ろした右足は未だにどこに置いていいかわからず、地面に着くスレスレでずっとぷらぷら左右に動いていた。
「ここで自殺すんの?」
一歩近づき、私を見上げる形の白星くん。
大きすぎるフードは後ろに少しずれていた。
その顔は、無表情というよりは無色に近い。
自殺すんの?なんて冗談みたいな内容を、冗談みたいな声色で、でも冗談じゃない表情で白星くんは言える。
私がしばらく黙っていると、白星くんの手元から耳をつんざくような音が鳴った。
硝子がぶつかる甲高い音、彼は持ってきたラムネを開けていた。
「ラムネ欲しいの?」
私の視線に気付いてか、白星くんは目を細めた。しゅわしゅわと競り上がるラムネの液体は溢れそうで溢れない。
私は「いらない」という代わりに彼に背中を向けた。これ以上、余計なことは考えたくない。
そんな私の背中に向かって、彼は僅かに声を張って余計なことを言った。
「どこ行くの?花火、こっからじゃないと見えないよ?」
彼の方からカランとビー玉の音がした。
その音も含めて、とても腹が立った。私が花火が楽しみでここに立っているとでも思ったのだろうか。だとしたらとても不快だ。
「ねぇ、花火もうすぐ始まるよ」
もう一度ビー玉の音がする。不快、不快、不快。
痛々しく膨らんだ風船が大きく音を立て破裂するように、あるいは無理くり纏めたバインダーからルーズリーフがバサバサと滑り落ちるように、私は大声で喚き散らした。
今日という日が私にとってどんな日かを。
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