夢一番

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 学級ごとの出し物がすべて終了し、文化祭のプログラムが部活動の発表に移ると、わたしたちコーラス部は体育館のステージ上で弓なりに並んだ。  これが終われば、わたしたち三年生は引退だ。  水上くんがあの日、小学校の階段裏で授けてくれたわたしの夢とは、歌手になること、ではない。  ――好きなものを好きと言えること。「好き」であふれる世界を、自分の手で切り開くこと。  それが、わたしにとって初めての鮮烈な夢――夢一番だ。  その年初めての強い春風、春一番のように、これが過ぎても寒い日が戻ってきて、悩んだり苦しんだりするのかもしれない。  だけど、そのあとも夢というものはきっと、ひっきりなしに押し寄せてくるんだろう。そんな気がしている。  そう、叶えたい夢はほかにも、まだまだたくさんあるのだ。  わたしはちらっと横目で、ステージ上で弓状に並んだ列の低音域の方、反対の端に立った水上くんの顔をぬすみ見た。  わたしの大好きな人は、最後の舞台だというのに緊張しているようすもなく、いつもと変わらない少し気の抜けた表情をしていた。  わたしはふっと笑って、そっちの夢はまだ先に置いておこうと、観客席の方へと視線を戻した。  この舞台でわたしは、夢に(ひた)る――。  前奏のピアノの音が鳴り始めると、わたしは大きく息を吸い込んだ。
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