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自分の甲高い声が嫌だと、初めて感じたのはいつだっただろう。
小さいときからわたしは人並み外れて、口喧嘩に強かった。小学校の教室で男子対女子で言い争ったときも、最終的に論破するのはいつもわたしだった。
男子は途中から言い返せなくなり、そうなると、人より高いわたしの声を真似て茶化してくる。
何かを揉めているとき、自分の話す内容には注意しても、自分の声そのものを意識することは少ない。生まれつきの声の高さを揶揄されることは、それまでのわたしの優勢を一転させた。
まるで自分の立っていた場所が後ろから崩れ落ちて崖下に突き落とされるような、内臓に冷水が差すのにも似た感覚。
「真似しないでよ!」
「マネしないでよぉお」
「ぎゃはは、似すぎだろ! 俺もやるよ、まねぇしないでよ~お」
わたしが嫌な顔で黙るのが面白かったのだろう。一人が真似を始めると、他の男子にも口から口へと伝染していく。
六年になると、クラスでわたしが発言しただけで、男子によるわたしの声真似が教室中に響くこともしばしばだった。
内容のある悪口なら理屈で返すこともできたが、声そのものを鸚鵡返しにされているのでは、対抗のしようがなかった。
自分の声というのは客観的に判断できないものだ。
いつしかわたしは、面白おかしく誇張された声真似が、自分の声そのものと思い込むようになっていた。
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