夢一番

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 先客を想定していなかったわたしは面食らった。  授業中なのに、こんなところでいったい何をしているんだろう。自分のことを棚に上げて(いぶか)しむ。  その見知らぬ男子は、涙を滲ませ顔を赤くしたわたしを一瞥(いちべつ)して言った。 「この学校、そんなにやばいの?」 「えっ?」 「俺、来月からここに転入するから。今日は先生との顔合わせで、母さんと先生が二人で話してるの待ってるとこ」  その男子、水上(みなかみ)くんは母親と転入手続きに訪れたものの、どうせこれから毎日通うことになる学校を急いで見て回る気にもなれず、自分の学年のフロアを軽く眺めたあとはこの場所で時間をつぶしていたらしい。  事情を聞くにつれて、突然泣きながら登場してしまった自分の姿を客観的に想像して、恥ずかしさが膨らんだ。 「卒業まで半年で転校っていうだけでも最悪なのに、荒れた学校なんて勘弁してほしいよ」と水上くんは、そんなに困っていなさそうな顔で言う。 「違うのっ、これはいじめとかじゃなくて」  気を付けているのに声が上擦(うわず)ってしまう。  引いたはずの涙がまた出てきそうになって、「今聞いてるからわかると思うけど、わたし、こんなに甲高くて、変な声だから」とだけ話した。  その説明でわかるはずもないのに水上くんは「別に変とは思わない」と言って、驚く言葉を続けた。 「そんなに嫌ならさ、いっそ歌えばいいじゃない」  急に水上くんは笑顔になって、自分の好きなバンドの話を始めた。  四人組の作り出す、決して他にはない最高の音楽。その鍵とも言える女性ボーカルは、高音域の声が魅力なのだと語った。  聞いたこともない無名のバンドだった。 「俺はいいと思うけどな、その声」  さらっとそんなことを付け足す彼は、底抜けに格好良かった。  女子を見れば文句しか言わず、流行りの歌しか聴かない他の男子とはまるで違っていた。
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