3 庭が解放された日

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3 庭が解放された日

 下北啓一郎は今日もスコップ片手に庭へくり出す。  誰にも邪魔されない至福のひととき――のはずだったのだが、だしぬけにB29が領空侵犯をやらかしたかのようなアラームがあたりを席巻し始めたではないか。  要塞の入り口を半分ほど開け、彼は首をめぐらせた。「どこのどいつだ、無断でうちの庭に入ろうとしてる輩は」 「こんにちは」そこには上品な壮年の女性が笑みを浮かべてたたずんでいた。耳をつんざくアラームの爆音に怯むようすもない。「覚えてますか、あたしのこと」  思考がやすやすと20年前の夏へと飛んだ。下北はアラームのスイッチをおぼつかない手つきでオフにした。「かすみさん、ですよね」 「覚えててくれたんですか」想い出の人は深々と頭を下げた。「下北さん、本当にごめんなさい」  彼は目をしばたいた。「ええと、なにが」 「ずっと謝ろうって思ってたんです。あたしのせいでお庭をこんなふうに囲わなくちゃならなくなったんですよね」 「あなたのせいじゃない」 「あたしのせいです。会社の同僚がどうしてもって言うから連れてきたんですけど、それがあんなことになってしまって」  当時の記憶がよみがえる。青年は丹精込めて整えた庭を誰かに見てもらいたかった。野菜目当てではない、確かな審美眼を持つ誰かに。  本当はこんな防犯装置なんか取っ払ってしまいたかった。庭とは個人で楽しむものではなく、見る人みんなを幸せな気持ちにする公共財であるはずだ。いまからでも遅くない、なぜそうしていけないわけがある? 「ずっと勇気が出なかったんですけど、やっと踏ん切りがつきました」かすみはくるりと踵を返した。「許してくれとは言いません。ただあたしは下北さんのお庭が好きでした」 「夏の花が――」反射的に、下北啓一郎は去っていく彼女の手首を掴んでいた。「夏の花が見ごろですよ」 「また見せてもらえるんですか……?」  彼は胸を張ってうなずいた。「もちろんです。ぼくの庭はすべての人に解放されてるんですから」
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