花の記憶

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十五歳と言う歳において、大抵の人間がそうするように僕も受験をし、高校に入学した。そして僕は、大抵の人間がするのであろう部活見学やら友人作りやらを端から放棄した。結果、これといって親しい人間など居なかったが、最初から予想していたことだった。  ──そのようにして、僕は十六歳と言う季節を過ごした。何も語ることなどない、空虚な明晰夢だ。色褪せたこの頃の記憶を、今ではほとんど思い出せない。    季節の変わり目というものには、実体が無い。故に僕らはある時不意に、一つ前の季節を失ったことに気付く。それはいつしか消え去るという予感を多分に孕んでいながら、電車から見える景色のように、いつの間にか体を透り抜け、遠く背後に佇んでいる。時々、過ぎ去った季節を振り返ると、なんだか寂しい気持ちになる。それらは全てを知るにはあまりに短い時間であったし、僕はまた一つ、そこにあった大切な何かを置いてきてしまったような気がするのだ。           *  僕は高校二年生となった。過程は省くが、環境委員にもなった。誰かがやらなければいけなかった、ということだ。 「どうして環境委員になったの?」 と前の席の奴が尋ねてきた。気が向いたからだ、と答えると、ふうん、と言ったっきりそいつは前を向いた。  見慣れた筈の景色のどこかが間違っているかのような違和感。そんな歪みを彼女に相対する人間は抱く。環境委員は二人いる。そのもう一人が彼女だ。  「よろしく」というのが彼女が初めて僕にかけた言葉だった。僕もそう返した。大方の事務的なやり取りがそうであるように、僕はそこで会話は終わりだと思った。そんな僕に彼女は言った。 「あなたは何故環境委員になったの?」  ほんの一瞬だけ、僕はそれを聞き流してしまいそうになった。彼女の声や口調があまりに自然すぎたので、それが僕に向けられた質問であると分からなかったのだ。 「……興味があったんだ」 「環境委員に?」 「そう」  それきり彼女は黙った。黙って僕を見ている。  そこで僕は、違和感を抱いた。僕の姿は、彼女には全く見えていないような気がしたのだ。その瞳は、ただの空間としての景色しか映していない。そこに僕という存在はいない。  そのようにして、少し時間が流れた。 「よろしく」  もう一度少し微笑み、彼女は去っていった。  
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