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「母さん! どうしよう。大変なの!」
ジュリカが温室の扉を跳ねて飛び込んできたのは、ちょうど午後のお茶の時間だった。そろそろ戻って来る頃合いだったし、それにジュリカの落ち着きのなさはいつものこと。母親のアサイは特段、驚きはしなかった。
「何なの? 騒々しいわね」
「領主の息子、知ってる?」
「ああ。トレアさまといったかね。それがどうかしたの?」
「そう! そのトレアが、私をお茶に誘ってくれたのよ!」
「……あら。まあ」
アサイは、ちらと温室の隅を見やった。背丈の高い花々の影に隠れて、この温室にはもう一人、居合わせる者がある。
ここでこんな話をしてもいいのかしら。気遣う間も与えず、ジュリカは再びけたたましく話し始めた。
「彼ね、私の3つ年上なの。うちの染め物を褒めてくれて、それから、それから――」
頬を上気させた娘が嬉しそう話す姿は、母親としてはとても喜ばしい。天真爛漫なところは彼女の長所でもあるが、なんでも明け透けなのもどうかと思うところだ。
「落ち着きなさいな。ちょうど三時よ。まずはお茶にしなくちゃ。ジュリカ、ソウを呼んできて。奥にいるわ」
「あら。ソウ、居たの」
「まったくこの子ったら、何て言い草だよ。誰のおかげで工房を続けられていると思ってるの?」
アサイの夫、この工房の親方が亡くなってから、もう長らくアサイとソウの二人で切り盛りしているようなものだ。
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