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「お疲れ様です、植田さん」
「あぁ、お疲れ様」
「昨日はありがとうございました」
その言葉を聞いて今朝の田中の話を思い出した俺は口を開く。
「悪いが、君を送った覚えがない。君、名前は?」
「送って下さいましたよ?高瀬 莉菜です。覚えてませんか?」
名前を聞いても顔を正面から見ても思い出せない事などあるだろうかと思案するも自分が思っていた以上に酔っていたと考えるのが妥当だろう。
「酔っていたようで、やはり覚えてないな。無事に送れたならいいが」
「あ、大丈夫です」
お疲れ様でしたと笑顔を向けて去ってゆく彼女が送ってもらったと俺に礼を述べていたのだから覚えがなくとも事実なのだろう。
混み合う電車に揺られながら夕食は何処で食べて帰ろうかなどとつまらない事を考えているとやけに視線を感じて何気なく見た俺は溜息をつく。
──彼女も同じ車両か。俺を見てるのは…あぁ、痴漢か。面倒だな。
運悪く痴漢に捕まった様子の彼女が近くに居た俺に視線で助けを求めているのは嫌でもわかるが面倒事に首を突っ込む気はない。
──彼女も大人だ、自分で何とかするだろう。
冷たいようだが彼女を助けてやる義理もなければ俺が女に興味を持つのは性欲を満たしたい時だけで痴漢の多い電車で見知った新人社員が被害に遭っていようが知った事ではない。
過去に付き合った女は何人か居たが揃いも揃って大切にしないだの浮気者だのと文句ばかりで女に不自由しない程度にモテる俺は一晩限りの関係の方が気楽でいいといつからか特定の相手を作る事さえしなくなった。
彼女が助けてなどと言い出す前に停車した電車から駅へと降り立った俺は最低だという自覚はあるが新人の為に厄介事に巻き込まれる気はない。
難を逃れた事にホッとした俺は行きつけの店に寄って軽く飯を食って帰ろうと最寄り駅からBARへと向かう。
駅前から少し離れた路地裏にある小さなBARは隠れ家的な雰囲気で常連客も多いが一夜の相手を求める男女が集う場でもある。
カウンター席に座って店内を見ると平日の夜のせいか客は少ないが女を探しにきたわけではない俺はビールと軽食で食事を済ませ帰路についた。
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