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返す言葉が見つからない間も自主退職を申し出るなら悪いようにはしないと有給消化やら退職金などの都合のいい話を並べ立てていたが不当解雇だと騒がれたくないのが丸わかりで本音は今すぐ辞めてほしいと顔に書いてあったがタダでクビになってやる気はない。
「人事部長、自主退職を希望しますので、手続きをお願いします」
「では、手続きに必要な書類は後日郵送する」
「わかりました。失礼します」
会議室を出た俺は出社してきた他の社員達の流れに逆らうように駅へと向かいながらどこの誰があんな嘘を会社に言ったのかを考える。
深い付き合いがある女も居なければお互いの素性もロクに明かさず体を重ねただけの女から恨まれているとも思えない。
──まさか……誰かに嵌められたというのか?
思いつく限りの人間を思い出してみても惰性で仕事をこなし出世欲もなく傍から見てもやる気のない俺を敵視するような奴は居ないだろう。
──ならば、一体誰が?
悶々と思考を巡らせていたせいで最寄り駅を通り過ぎている事に気付いた俺は折り返さなければと溜息とともに降りた事のない駅のホームに降り立つ。
ラッシュの時間帯をすぎているからか人が疎らになっているホームには子連れの女や老人がのんびり電車を待っている。
──俺も急ぐ理由はないな。
会社をクビになってむしろ清々している俺は初めて降りた駅でブランチでも食べようと改札を出る。
差ほど大きくはない駅だが注文時に舌を噛みそうな商品名と女に人気のコーヒー店や学生で溢れかえるファストフード店などが駅前に所狭しと建ち並んでおり思いのほか活気がある。
意外な穴場があるかもしれないと左右に並ぶ店を見ながらゆっくり歩いていると不意に腕を引っ張られ脇道へと引きずり込まれた。
「誰だ!離せ!」
腕力に自信があるとは言えないが抵抗する180cmの男を片手で軽々と引っ張る事が出来る人間はそう居ないはずなのだがビクともしない。
「おい!警察を呼ぶぞ!」
子供だましな脅し文句だが騒ぎを聞きつけて誰かが気付くのではないかと一際大きな声を出した俺をチラリと見たのは通りすがりの猫一匹だけだ。
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