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「ほら、到着したよ。お兄さん」
「誰だお前は!ここはどこだ!」
「アンタ、うるさいよ。そこに座ってなよ」
「一体どういう──「う、る、さ、いって言ったの、聞こえなかった?」」
胸ぐらを掴まれて正面から見た男の背丈は俺より小さく華奢に見えるが今にも人を殺しそうなほど殺気立った目に身の危険を感じて押し黙る。
「アンタ、植田 一希さん?」
「あぁ、そうだが」
「ふーん。あの女も、趣味が悪いね」
「あの女……?」
顎をしゃくってパイプ椅子に座れと命じる男が誰かもわからないがあの女と言われても思い当たる人物も居ない。
ギシギシと音のするパイプ椅子に座り結束バンドで両手を縛られながら周りを見るが殺風景な空き店舗に変わったところはない。
「アンタ、電車で会ったんだって?」
「悪いが……誰の事を言っている?」
「さぁね、俺もマリア、って名前しか知らないよ」
「すまない……そのマリアという女を、俺は知らないんだが」
どれだけ記憶を辿ってもマリアという名前に覚えはなく電車で会ったと言われても見知った女に遭遇した事は一度もない。
「ふーん。まぁ、あとは頑張りなよ。じゃあね、お兄さん」
「ま、待ってくれ!俺は……?」
さぁねという言葉を残して男が立ち去ったのを確認した俺は結束バンドに悪戦苦闘し漸く外れた頃ゴトッという音が奥の方からした。
「誰か、居るのか?」
「植田さん!大丈夫ですか!?」
「……何故ここに居る?」
「話はあとです。行きましょう!」
何故このタイミングで新人社員が現れたのか考える余裕すらない俺は彼女とともに急いで外へ出るが右も左もわからない。
「こっちです!」
走る彼女を追いかけながらも信用していいものか判断がつかないまま今どき珍しい二階建てのボロアパートに辿り着いた。
「私の家です」
「そうか。ところで君は、何か知っているのか?」
「……とりあえず、中へどうぞ」
一階の角部屋の鍵を開けた彼女に続いて部屋に入ると日当たりが悪いのか昼間だというのに薄暗くジメジメとした空気が漂っている。
「お茶、淹れますね」
家に上がり込んでおいて断るのも気が引けた俺はキッチンに置かれた質素なテーブルセットの椅子に座り久しぶりに走った疲れを癒していると彼女がどうぞと緑茶を置いてくれた。
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