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今日も今日とて溜め息をつきながら帰宅するなり、ポケットでスマホが振動した。
鞄を机に投げ捨て、ベッドに寝転がってスマホ画面を操作する。
田中からのメールだった。本文はたった一行だけ。
『東雲健吾って、おまえの親父?』
首を傾げながら、本文に貼られていたリンク先へとアクセスする。
そこは、『大規模人身売買組織摘発!』と、仰々しい文字が記されたサイトだった。
このニュースなら知っている。
一週間ほど前、国内では最大級の人身売買組織が警察に摘発された、とメディアを賑わしているのだ。
借金で首が回らなくなった債務者を、闇金が仲介者となって組織に売り飛ばし、その臓器を違法に売りさばく。
組織と結託して移植手術を行った医者が逮捕され、法外な値段で臓器を買い取った人物に、認知度の高い政治家や著名人などが含まれていたこともあり、今やニュースはその話題一色だ。
この事件は知っているが、それが何だというのだ?
画面をスクロールさせていくと、『五十嵐美里』という名前に行き当たった。
確か二日前に逮捕された、自分の娘を組織に売り飛ばしたという女の名前だ。
このニュースのインパクトは絶大で、色めき立ったメディアは、一斉に五十嵐美里という女のことを報じ始めた。
売られたとされる娘が、内縁の夫の連れ子だと判明すると、『鬼義母』という呼称がメディアを席巻した。
サイトは、警察から流失した情報の掲載を謳い、事件のあらましを事細かに記載していた。
『鬼義母に売られた悲劇の娘は美貌の天才ピアニストだった!』
ドクン、と心臓が跳ねる。
嫌な予感が身体中を駆け巡り、健翔の思考が凍り付く。
いや、まさか、そんな・・・そんなことあるはずがない・・・。
健翔は震える手でスマホ画面に触れ、指を滑らせていく。
現れたのは、紺のブレザーの制服を着て、少しはにかむように笑う少女の、中学の卒業アルバムのものと思しき写真だった。
顔写真の下には、『野田雪月』と記されていた。
残酷な、あまりにも残酷な現実に、健翔は言葉を紡ぐことさえできない。
穴が空くほど写真を凝視したあと、フリーズした健翔の思考が徐々に動き出す。
まず思ったのは、雪月は本当に組織に売られたのか、ということだった。
何かの手違いで誤解が生じ雪月の顔と名前が報じられてしまった可能性はないのか。
現実逃避を発動させたが、本能が現実を見ろと告げてくる。
次に思い浮かんだのは、雪月は本当に死んだのかということ。
彼女が、すでに健翔の頭の中の住人と化していたあの笑顔の眩しい彼女が、もうこの世にいないなんて、会えないなんて、実感が湧かない。
いや、そんなことになってはいけないのだ。雪月が死んでいいわけがない。
写真の下にはご丁寧に、彼女の臓器を買った人物の名が記されていた。
莫大なカネを払い、平気な顔で己のために雪月の臓器を買い取った人間の名前が、心臓から順に列挙されていた。
そして健翔は見てしまう。自分の罪を。
野田雪月の角膜を買い取ったのは、東雲健吾だった。
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