自分と他人という事は

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男は悠々とした態度のまま三人の前に全身をさらけ出す。服装的には村人そのものだが、どこか品のある佇まいだった。 「いやぁ、どれほどの実力なのか見てみたいと思い不意を突かせて頂きました」 「こんな緊迫した状況下の中でよくのうのうと言えますね」 警戒をそのままに、マサは改めて結界を張りなおす。ついでに自分たちの周辺に探知魔法をかけておいた。どうやら男は一人での単体行動らしい。 今のところは。 時刻はまだ昼だ。先ほどの会話から伺うに日はまだ先だし、奇襲をかけてくるなら夕方以降だと思っていたのだが。 男の真意が見定められない。 「それで、何の御用ですかねぇ? 急にこっちに威嚇魔法とは、穏やかじゃねぇと思うんすけど?」 ポールが半歩前に出て、体制を整える。その様子にカストル、マサも動きやすいようにとポールに倣う。 その様子を見て、男は慌てて両手を振ってきた。 「すみません、本当に実力を知りたかっただけなのです」 「どういう意味でしょうか?」 マサがここぞとばかりに攻めに入る。すると男性はピクリと身体を動かし、三人を交互に見る。 「…………大変失礼なのですが、ギルドランクは皆さまおいくつでしょうか?」 「CとBだけれど?」 ポールが発破をかけるように即答する。 (…………) 成程、これもポールの『暴走』の一つか。まあ半分嘘ではあるが、実力的にはそれだ。マサは一瞬戸惑ったが、カストルが微かにハンドサインをくれたので黙っておく。 「………偽りはないようですね。私も元冒険者、Dランクでした」 「!」 そこまで耳にして、マサは構えを解き、すたすたと男へと寄った。 「おいマサ!」 「貴方の依頼の内容を教えて頂けますか?」 ポールが咎めるように名を呼ぶが、それを遮るようにしてマサは男の前へと立ち止まった。この男は、もしかしたらという勘が働いたのだ。 すると男は一瞬驚いた表情をし、しかし直ぐに真顔へと戻る。 「察しの良いお方だ」 「必要ならば防音結界を使います」 「頼みます」 言われ、自分たちの防御結界はそのままに防音結界を更に男を含めた四人にかける。それだけすると、マサは少しポールたちの処へと戻った。 「ポールさん、カストルさん、この村の裏が分かりそうですよ」 「罠だったらどうする」 「この村出身の元冒険者。それが本当の話しなら価値観は世界を見て変わっていてもおかしくない。そして罠だったらなんて、私の前で何かできるとも?」 「…………」 「……ポール、マサくんの言う通り、少し話を聞くだけでも聞いてみよう」 マサの言葉にまだ何かを言いたげなポールだったが、カストルの言葉で漸く身構えるのをやめた。警戒心はそのまま持続しているが、それはマサやカストルも一緒なので何も言わない。 「ではどうぞ、お話しください」 「寛大なお気遣い、ありがとうございます。私の名前はローガン。この村の出身であり、そして村の掟について解決方法を得るために冒険者だったものです」 早速気になる単語を出してきた。 「掟とは?」 「五十年に一度、山の祠に贄をささげることにございます」 「元は何から始まったか分かりますか?」 「不明です。ですが怠った年があり、その翌年は飢餓に見舞われたと記録にございます」 「それはどうやって解消をなさったんですか?」 「直ぐに贄をささげた次第でございます」 「ふむ。どうやら私から質問して聞き出していった方が話が早そうですね。このまま続けても?」 「はい」 その言葉を耳にしてマサはポールとカストルに視線を送る。二人もそれでいいと頷いてくれたので、そのまま続ける。 「因みに贄とは生きている人間と考えて間違いないですか?」 「生存は問いませんが生きている方が良いとされています」 「それは何故か分かりますか?」 「その方が翌年から豊作となる為です」 「死んでいた場合は?」 「豊作となりますが生存していた時よりも早く質が落ちます」 つまり、この村の生存をかけた50年に一度の儀式というものだ。 正直な話、眉唾物だ。現時点でこの村の果物は十分な質であると言える。王宮に居たからこそ、舌もそれなりに自信がある。迷信だと思われた。 もしくは…… 「…………もしかして、麻薬作用ですか」 「「!!」」 マサの発言に、ポールとカストルが反応した。それらをすべて見て、ローガンは表情を悲しげなものへと変えた。 「……そうです。自分も気付きませんでした。次に口にするまで期間があったり、連続して食べ続けない限りは無事です。ですが新鮮なもの、上質なものには一定の幻覚作用がございます」 「…………もしかしてこの村は、国から保護されている?」 「……そこまで分かるものなのですか?」 勘だった。その様なものが貴族の間で重宝されないはずがない。マサの言葉にローガンは目を見張る。その反応で十分だった。貴族の汚いところなど分かり切っているし、生きている人間の方が栄養素が高い。つまり。 「ただの勘です。となると、もしかして果物を盗っているのはそれの禁断症状に近い人。さらに言えば『祠』とは最も樹齢が長い樹の下。違いますか?」 「…………聡明な方ですね。全てその通りとなります」 ローガンが思わずだろう口を開けた。その様子にポールとカストルも同じ表情になるが、直ぐにポールがマサに近づきどんと背中を押した。 「さっすがマサ!」 「痛いです」 「これぐらい耐えられるようになれよ、初心者」 「ポールの力加減に寄るんじゃないのかな」 一気に士気が上がったポールの被害者は矢張りマサだった。背中を強く叩かれてむせる。が、丁度良いとマサは近づいた二人に小声で伝える。 「あくまで彼の証言を信じるならば、ですからね」 「分かってるよ」 「うさん臭いのは変わりねぇからな」 一瞬瞳を鋭くして『油断するな』とも伝えれば、二人もそれに応えてくれる。 その様子に、マサに確認のために近づいてきてくれたのだと理解した。想像以上に二人は頼りになると改めて思った。 「事情は分かりました。前向きに検討させて頂きます」 「流石に国家を相手にするんじゃ首が飛びかねないからなぁ」 カストルとポールはあくまでも陽気に接する。しかし、二人ともマサが次に発言する内容は分かり切っているだろう。ローガンはそれとはまだ気づかず、安堵の様子だった。 それが崩れるだろう事は、分かり切っている。 「ところでローガンさん、最後の質問なのですが」 「はい」 マサがあくまでも落ち着いた声で問いかければ、ローガンは嬉々とした様子で応える。それに対してマサは一度瞳を閉じ、そして鋭い眼差しを向けた。 「貴方の最初の攻撃の本当の意図は?」 「……大変失礼いたした。自分よりも強い人物であるか確認を取らせて頂きたくての行いです」 「成程、それでは…………周りの村人は何故私たちに武器を向けているのでしょうか?」 刹那。 殺気が膨れ上がると同時に、マサは防御魔法を自分含めポールとカストルへかけた。その数舜後に、ローガンからの攻撃がはじかれる。 「……それが応えという事ですね。残念です」 「ええ、こちらも残念ですよ。矢張り貴方から始末しておけば良かった」 「因みに何故私たちが襲撃気付いたと?」 「私が冒険者だったとお伝えしましたのをお忘れですか? 貴方の魔法力は微量でしたが、私は魔法力の発動に敏感なのです」 「勉強になります。ということで、ポールさん、カストルさん」 言ってマサは一歩下がる。そして隠れる必要のなくなった村人が次々と現れている様子を伺っていた二人に声をかければ、ポールは双剣を、カストルは槍を構えた。 「こりゃ分かりやすくていいや」 「しかし交渉決裂、これ以上の情報を得られないのは痛いね」 「充分ですよ。場合によってはこの村を地図から無くせばいいだけの話しです」 それを耳にして、周囲に動揺が走った。ポールも『まじかよ』と表情に言葉を書いている。 「マサ、それはやりすぎじゃ……」 「国から保護されていようが何だろうが、王家がそれを承認しているとは思えない。もしそうならこんな国滅びてしまえばいい。私の考えはそれですよ」 カストルがマサに抗議をかけるが、それを一刀両断する。 そして、その後にポールとカストルにのみ聞こえる声で一言添えた。 「まあ、脅しの一つなんだけれどね」 「…………」 「……その脅し、本気にしか聞こえないなぁ」 ポールとカストルが冷や汗をかいているのをよそに、マサはにこりと微笑んだ。 「では、燃やしますのでポールさん、カストルさん、気を付けてくださいね」 「「は?」」 燃やす? そう疑問符が二人の脳内に浮かび、それもマサは視認していたが直ぐに杖の末端を持つと頭上に高々と持ち上げた。 「行きますよ。生き延びたければ生き延びて下さい。出来たらの話しですが」 マサが言い終わると同時に、危険を察したのだろう、姿を見せていた村人たちが一斉に三人に切り込みにかかる。ローガンもだ。ポールはすぐにローガンの前へ、カストルはマサの後方を護衛する様に移動する。 矢張りこの二人は経験豊富で頼りになる。 「我が声に応えよ。アゥグ」 「はっ、ただのアゥグ……で……」 静かに述べられ放たれた攻撃魔力は炎の形となり整っていく。ローガンはただの火球だと判断したが、それは違う。何せマサの魔法力量だ。その姿かたちは一瞬にして膨れ上がり、強大なものへと変わっていく。 「……アゥグ……だと……」 「これが、低級魔力だっていうのか!?」 流石にまわりも怯み始めるが、その間もどんどんと力は倍増していく。勿論これも脅しの一つだが、放たれればこの村は大火災と変貌するだろう。 その隙をつき、ポールは自慢の脚力を使いローガンの懐へと入り込む。カストルも同時に槍を振り回し、二人同時に相手の武器を次々と地面へ落としていった。 「嘘だろ」 「何だよ此れ……何だよ此れ!!」 「ローガン、お前、見誤っているじゃねぇか!! 何が外で学んできただ、話が違うだろう!!」 「落ち着いてください、これだって放たれればあの青年の魔法力は尽きます!! そこを……」 「おや、私の魔法力量がこれで終わると?」 仲間の間で皹が生じた。それに更に言葉をかければ、マサは更に魔力を込めて大きくしていく。 「さて、私の魔法力量はご存知の通り。因みにまだまだ私は力を持て余しています。もう少し大きくしたらこれを今からこの村に放ちましょう」 脅しだ。完全なる力による脅し、そしてそれによる支配が訪れた。 ローガンをはじめとする村人が、徐々に戦意喪失していくのが手に取るように分かる。 「さて、ここで再度確認です。地図の小さな片隅にあるこの村。本当にこの国に貢献されていられるのですか?」 「あ……」 「そ、それは……」 矛盾だらけなのだ。この村は。 国に認められているのであれば、もっと隠密にこの村事態を隠すか、もしくは『街』に発展し鉄の要塞を立ててもおかしくない。それがどうだ。村の門は確りしているが木製であり、見てくれも立派なものとは程遠い。 麻薬作用のある果実が本当なのであれば、もっとはっきりと書いてもいいはず。そして人が荒らしているのは確かな事。 あちらが攻撃を仕掛けようとしているのは分かる。だが。 「家族を護りたい、村を護りたい。それが本来の依頼目的なのではないですか?」 「…………」 「改めて問います。本当の依頼(・・・・・)をはっきりと申してください」 しん、と辺りが静まり返った。音があるとすればマサによる火球魔力の音のみ。そうして、村人は全員お互いの顔を向き合った後、リーダー的存在だろう、ローガンへと視線を向けた。 「…………」 「ポール、抑えて」 無言を貫くローガンに煮え切れないのだろう、ポールが徐々に殺気を放ち始めた。それをカストルが窘める。 「分かってる。だがな、嘘に嘘を塗りたくってお前らは幸せなのか?」 その、一言。 その一言が、周りの村人の戦意喪失へと導いた。 かしゃりかしゃりと武器が落ちる音がする。 「……ローガン、すまねぇ……もう、俺には無理だ」 「私もです……ローガンさん。この人たちなら、きっと」 「村長だって、悩まれています。こんな卑劣な行動を。それを説得したのは、貴方だ」 「勿論私たちも賛同した同罪だ。けれど……もしかしたら、この人たちなら……」 次々に上がるローガンへ向けた声。その言葉一つ一つをローガンは噛みしめている様だった。 「…………全員、同意か」 「「「はい」」」 何人かが代表して告げた。それに額に指を添え、ローガンは瞳を閉じて深呼吸を深く繰り返す。 そして少しした後、決意を込めた瞳を三人へと向けた。 「…………あなた方なら、実力もある。もしかしたらという希望はあった。けれど、その希望はとてもごくわずかだった」 芯の通った、はっきりとした言葉。それは先ほどまでの胡散臭さが抜け、本気でマサたちに向き合う事を決めたようだった。 「君たちには重荷がすぎる。それでも、助けて貰えないだろうか?」 「内容は」 「…………私たちは、もうこの果実を国に献上などしたくない。だが、国がそれを赦さない。それを打破できる、かつ信頼のおける人物を探していた。村全体は国に脅されている。実験台として、村人を使われる。老若男女問わず、だ」 その話を聞き、ポールとカストルは武器の構えを緩めた。 「表立った依頼は先ほどマサ殿がたどり着いたそれだ。だが……村人総意で本当はこの現状を打破したい。村を、護ってもらえないだろうか」 そこに居るのは、真剣な……命を差し出しても良いというような瞳を持ったローガンだった。先ほどの作った顔のものではない。 今度こそ、本当の彼らの気持ちなのだろう。 マサはそれを確認し、ポールとカストルに向かって目配せする。 二人もマサと視線を合わせると、頷いた。 「表立ってこんな依頼は出来ない。ましてや反逆罪になって討ち切りまではいかないが、より国からの圧はかかるだろう。止めたくてもこんな小さな村だ。国からの使いが来ては、もう……」 「分かりました」 悲壮たるその言動に、マサは魔力を放つことなく、解除した。 漸く合点がいったのだ。 護りがそこまで薄いのは、国から門の強化をあえて許可されなかった為。そして実験台は村人同士。場合によっては自分たちをその実験台にすればよかったものの、過去からの履歴からして人柱が必要な事。外部の人間になら家族でない故にまだマシ、というところだろうか。そこら辺はローガンが『外』に出たからこそ村中が『家族を失わなくてすむ方法』を手に入れたのだろう。 それでもこの方法で今までやってきたのだ。簡単に断ち切れるそれではない。何せ相手は国家なのだから。 (国が認める……否、この様子だと国ではないかもしれない。もしかしたらこの周辺を占める領主か上位貴族だろうか) どちらにしても、この村を圧制しているのには変わりない。 家族を実験台にするぐらいなら、村人を、と思ったのだろう。そしてそれが打破する力があるかどうかの力比べが、今だった。 あちらが勝てば自分たちは先ほどローガンが言った通り、人柱として。 こちらが勝てば、この村を救えるかもしれないと信じて。 「まどろっこしいやり方をしましたね。ですが、今のあなた方の言葉の方が、余程信用できる」 「俺もだな」 「同じく。ここら辺はエグルス領だ。エグルス領主については良い噂はあまり聞かない」 「……そうですね、私ももう少しこの領地……否、領主について学ぶべきでした」 ポールとカストルも、武器をおろしマサも杖を通常通りに持ち直した。 その様子を見て、ローガンたちは期待を含めた瞳でマサたちを見つめなおす。 「そ、それでは……」 「考えるのはこれからです。まずはローガンさんたちと村人全員の総意なのかの確認、そして村長に会わせて頂けますか?本心かどうか見抜くのは、私は得意なので」 この辺鄙な村に、希望の光が差し込めた瞬間だった。
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