自分と他人という事は

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自分と他人という事は

次にキルレインドナが動いたのは、二日野営をした後だった。 思い出に伏せ、涙し、これからどうするかを考えた時に思い出したことがあったのだ。 王宮で襲われたときに聞こえた『声』。そして自分より強い力の持ち主。 キルレインドナはそれをどこかで記憶している。どこでだったかは思い出せないが、確かにキルレインドナはそれを知っていた。 つまり原因は矢張り自分にあるのだろうと自責に駆られたが、しかしならば原因を突き止めなければ意味がない。 そしてそれに伴い、決めたことがある。 今後は一人で活動しよう、と。 何が起こるか分からない現状だ。一人で生活するには難しいかもしれないが、活動するのは一人でいいだろうし好ましい。 元より聡明なキルレインドナだ。冷静になって自己分析するのはそう時間はかからなかった。そうと決まれば近くにある人が多い場所を探し始める。探知魔法を使い、そして人が多いところを目指す。そこで新しい服と杖を調達しよう。ロットワンドの杖や、自分が今着ている王族にも匹敵する服はあまりにも目立ちすぎる。クロスクルの人間が良い意味でも悪い意味でもキルレインドナを探しているのは間違いないだろうから、余計だった。 魔法もなるべく使わず、自分の足で歩いて移動する。野営をするのは初めてだったが、知識豊富だったのが幸いした。試行錯誤しながらも野営は何とか順調に進み、そして更に四日後、村と呼べる大きさの集落へとたどり着いた。 「…………」 さて、問題はここからだ。とりあえずまずは杖を空間魔法にしまい、服を見つめる。仕立て屋があるかどうか怪しいところだが、とにかく行ってみなければ何もならない。 「すみません」 丁度すれ違いざまに通りかかった人物がいたので、声をかけてみる。若い女性だった。 「道に迷ってここまで来たのですが、宿屋と、あと服の仕立て屋とかありますか?」 「道に迷ったって……一本道なのにかい?それに随分若いじゃないか。何があったんだい?」 「魔法で飛ばされてしまいまして……」 「ああ、成程ね。訳ありって感じかい。野暮な事聞いたねぇ。とりあえず、ここの村のルールを説明してあげようか」 「ルール?」 言って女性はにやりと笑い、キルレインドナを見下ろす。年齢より背が低いのはちょっと頂けないかもしれないと初めてキルレインドナは思った。 「ここはね、何でもかんでも金が物を言うのさ。金に見合った情報を提供する、金に見合った宿を教える、勿論この会話も金をとるよ」 「え、お金取るんですか」 「今言った通りだ。さて、服装からしてあんたはかなり上玉だ。あたし以外の人間に狙われる前に従った方が良いと思うけれど?」 「……現金は持ち合わせていないんです。魔法道具でも?」 「それこそ高価なもんだ。一つみせてみな」 言われてそれならば仕方がないと自分には不要な魔法道具を一つ取り出す。この女性に騙されて渡したとしても、あまり懐は痛まない。逆に女性の言う通りなら今のうちに聞き出せるものは聞き出しておきたい。防御付与、解毒付与、隠蔽付与がある親指の爪ほどある大きさのアメジストを渡すと、女性は目の色を一気に変えた。 「ちょ……」 「?少ないですか?」 「莫迦!!あんた本当に世間知らずだね!?」 ちょっとこっちへ来い、と女性は慌てて道の片隅、叢が生い茂っている場所へとキルレインドナを引っ張った。 「あんた、どこの御貴族様だい?」 「言えません」 「ああそうか、事情があるんだったか……いいかい、この大きさの魔法道具だなんて以ての外の価値だ。むしろ現金に換えるなんてここら辺じゃ出来ないよ」 「低すぎるからですか?」 「高すぎるんだよ!」 「あてっ!?」 今度は結構強い力で頭を叩かれた。ちょっと痛い。 「魔法付与が無くてもこのサイズのアメジストなんて高級品だよ。出身は聞かないから、どこから来たのだけ教えてくれるかい?」 「……クロスクル……」 「成程ね。軍事国家のあの国じゃ確かにこれは些細な価値にしかならないかもしれないねぇ」 「ここはクロスクル国内ではないのですか?」 「ここはフォルトゥナ国の端にある村、セレカ村だよ」 なんと、本当に国外まで来ていた。国外へ逃げるつもりでは板が、自分の魔法力で国外へ移動することが出来るかどうかは分からなかった為、そのことに驚き今度はキルレインドナが目を瞬かせる。その様子に本当に何も知らないと判断したのだろう、女性は仕方ないとため息を吐いて立ち上がった。 「あたしで良かったね、坊や。こんだけのものを貰ったんだ、この村にいる間はあたしの知る限りの知識は全部あげるし補助もするよ」 「え、でも……」 「あたしらみたいなならず者にはね、それ以上の価値がこれにはあるんだよ。人によって価値観が違うのも覚えておきな」 「は、ぁ……」 「あたしはカレン。あんたは?」 「……………………」 「それもダメか。んじゃ、勝手に呼ぶよ。そうだな……マサってどうだい?東の果ての国で真っ直ぐって意味らしいよ」 「じゃあ、それで」 こうして、キルレインドナはマサと名乗り、カレンと一時を共にすることが決まった。 まずは仕立て屋に行き服をどうにかしたいと言えばわざわざ村の裏道を通って案内された。その服で表通りを歩くには目立ちすぎるだろうからというカレンの気遣いだ。 「どこの御貴族様で?」 「聞かぬが仏だよ、さっさとしな」 隠れながらやってきた上客に、矢張り店主も探りを入れてきた。それを足蹴にし、カレンはのマサの為に動く。話していた通り、この村にいる間は庇護してくれるようだった。 一般的に使われる魔法使いの服装を見立てて貰い、代わりに今まで来ていた服を売る。汚れてはいたものの、現金が来るぐらいには相当上物だったのだろう。早く仕舞えと言われてマサは小物入れに急いで硬貨を仕舞う。 「で、次は何をしたい?」 「宿を確保かな」 「あたしと同じ場所でいいなら空いているけれどどうする?」 「ん……そこまでお世話に……あ~、否、うん、この村にいる間はカレンのお世話になるよ」 流石に同じ宿では自分の中で情報整理が出来ないかとも思ったのだが、しかし情報原は彼女だ。悩んだ末にそう伝えると、分かったと宿屋へと案内してもらえた。 「おやっさん、客連れてきたよ!」 「その前にカレン、ツケを払え!」 「あ、じゃあそれ僕が払います」 「「え」」 そんな入り方をした会話だった。怒られた。 与えられた部屋に入り、キルレインドナことマサは貰った地図を見つめた。このセレカという村はクロスクルというよりはクレイムド国沿いにある村だった。無意識とはいえここまで飛んできていたのかと溜息をこぼす。 取り敢えずカレンにはこの村にいる間、この国の情報と、一般常識を教えて貰うだけに留まろう。状況によってはある程度知識を身に着けたら都心へと向かい、資金を集めながら生活するのが良いかもしれない。偽名は有難く使わせてもらい、時折ソフィアに何らかの方法で連絡を取ろうと決める。流石に放り投げたままでは申し訳ない。 「…………」 胸はまだまだ痛み続ける。一度味わった絶望は中々消えてくれない。親しい人間を五人同時に失ったのだ。この感覚に慣れたくはないが、時期に薄れていくのだろう。それもまた生きている事なのだろうなとぼんやりと考える。多分実感はまだまだ湧いていないのだろう。人間は一生をかけて学ぶ生き物だと聞いたことがある。例に違わず、自分もそうなのだろう。 目的が出来たから動けたが、もし目的が無ければ。あの『声』の正体が何なのかを探るという大元が無ければ。自分はどうなっていたのだろうか。 (……考えるのやめよう) 考えるだけ無駄だ。時間を有効に使おう。思い入れるのは大事な事ではあるだろうが、その他は思い出せない今無駄な行為だ。それよりもこれからどうするか。先ず自分に見合った杖を手に入れなければならない。これは魔法具を売ればなんとかなるとは思う。が、そうなると持ち合わせがどれぐらいかかるかだ。生活するには金がかかる事は知っている。だが実際それがどれくらいの相場なのかは知らない。それと生活方法だ。カレンはどうやらこの村を拠点に何らかの仕事をしているらしい。それは先ほどこの宿の親父さんにツケを払えと言われていることから伺えた。という事は、彼女に聞くことは生活の在り方、金銭の相場、それと杖を売っている武器屋になる。 フォルトゥナは法術と細工に長けている国だ。探せば何とかなるだろう。 取り敢えず今は野営と泣き疲れによる疲労が襲ってきている。横になって、明日またこれからの事を考えよう。 そう決めてマサは久しぶりの布団にもぐりこんだ。王宮のように上物ではない。だが、確かに暖かさがそこにあった。 (…………ああ) こんなところにも、思い出はあるのか。 一つ涙をこぼし、マサは静かに眠りについた。
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